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タングルウッド音楽祭
c0061496_412174.jpgロックウェルの世界にふれたあとは、今回の旅行のメイン、タングルウッド音楽祭(Tanglewood Music Festival)へ向かいました。

ボストン交響楽団のHPによれば、この音楽祭の歴史は1934年8月に始まったようです。この年、マサチューセッツ州バークシャー地方に住む音楽愛好家が、NYフィルのメンバーを招いて3度の屋外コンサートをInterlakenで開催したのが最初のきっかけだそうです。このコンサートは大変好評だったようで、翌年夏に「the Berkshire Symphonic Festival」という名前にかえて、再びコンサートが行われました。

その後フェスティバルの組織委員会がボストン交響楽団と当時の常任指揮者Serge Koussevitzky氏を音楽祭に招き、Holmwoodにあるバンダービルト氏の敷地に設けられた巨大なテントの下で、1936年8月13日ボストン交響楽団はコンサートを行ったそうです。

Holmwoodで行われた3度のコンサートには1万5千もの人が集まったそうで、この話を聞いたタッパン夫妻は1936年の冬、タングルウッドにある210エイカーにも及ぶ自分たちの敷地をKoussevitzky氏とボストン交響楽団に寄付することを決めました。そして次の夏、1937年8月5日にタングルウッドに場所を移してコンサートが開催され、夏の風物詩として現在に至るということです。

ちなみに最初のプログラムは、ベートーベンだったそうです。なぜベートーベンだったのか…。ボストン交響楽団とベートーベンの関係について知りたい方は、ノーマンロックウェルの日記でも参考にさせていただいたポッキーのボストン案内を参照してください。

タングルウッドでコンサートの開かれた最初の年は、音楽ホールはなく、コンサートは大きなテントの下で開催されていたそうです。ところが2週目のある日、雨と雷に襲われ、コンサートを2度も中断するというハプニングに見舞われます。この日はワーグナーのジークフリードが演奏されていましたが、土砂降りの雨のため演奏を聴くのが困難になり、「Forest Murmurs」を省略せざるをえなかったそうです。

このことから音楽祭の女性設立者のひとり、Gertrude Robinson Smith氏がコンサートホールの建設を訴え、中心となって寄付を集めたそうです。こうしてKoussevitzky氏の依頼を受けたEliel Saarinen氏が新たなホールの設計をしますが、最初の設計図は$100,000の予算を上回ってしまい、彼の2度目のプランでも予算内に納めることができなかったようです。Saarinen氏は「どうしても予算内で収めるのであればただの小屋にしかならず、それであれば建築家の助けなどなくともできる」と言った(書いた?)そうで、これを受けた担当者は早速Stockbridgeに戻り、Saarinen氏の設計図をもとにしたシンプルな建物を完成させたのだそうです。この建物が現在のThe Serge Koussevitzky Music Shedで、1938年8月4日の杮落とし以来、1942-45年の戦争時を除いて毎年コンサートが行われているそうです。

c0061496_7101622.jpgこのホールにKoussevitzky氏の名前が付けられたのは、ホールの完成から50年後の1988年のこと。 彼の功績をたたえ、この名が付けられたとのことです。

ちなみにShedはステージ後方に壁があるだけで、あとは3面が吹き抜けとなっています。ホール内に5121の客席がありますが、ホールの後方の芝生席も人気があり、夕焼けや星空を眺めながら音楽を聴くのもタングルウッドの楽しみのひとつのようです。


下の写真は正しいタングルウッドの楽しみ方(笑)。皆さん芝生に折りたたみの椅子やテーブル、パラソルだけでなく、テーブルクロスやお花、キャンドルまで持参して、優雅なピクニックを楽しんでいました。ちなみに我が家もコンサート直前まで芝生にレジャーシートを広げて、PAから持参したサンドイッチ(ユウさんありがとう!)やドリンクでピクニックを楽しみました。
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ということですっかり前置きが長くなりましたが、肝心のコンサートですが、指揮者の小澤征爾さんが白いタキシード姿で舞台に入ると、ホール内からは大きな拍手が沸きあがり、しばらく続きました。指揮者が入場しただけで、あれほど大きな拍手が沸きあがるのもなのでしょうか…。改めて、小澤征爾さんの人気振りを知りました。

この日のプログラムはマーラーの交響曲第2番ハ短調。この曲は「復活」(Auferstehung, アウフェルシュテーウング)という標題が付されるのが一般的なのだそうですが、マーラー自身が標題を正式に用いたことはないそうです。Wikipediaによれば、この曲は「1888年から1894年にかけて作曲されたもので、オルガンや舞台外の楽隊を含む大編成の管弦楽に加え、第4楽章と第5楽章に声楽を導入しており、立体的かつスペクタクル的な効果を発揮する。このため、純粋に演奏上の指示とは別に、別働隊の配置場所や独唱者をいつの時点でステージに招き入れるか、合唱隊をいつ起立させるかなどの演出的な要素についても指揮者の考え方が問われる」とのことです。

この曲は7回目を迎えた今年の「小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクト」でも演奏されたそうで、コントラルトのNathalie Stutzmanは今回のタングルウッドでも起用されました。ちなみにこの日のソプラノはHeidi Grant Muppy、オーケストラの後ろには150人はいるのではないかと思われるTanglewood Festival Chorusが参加していましたが、オーケストラの迫力に負けない大型合唱団ならではの迫力、圧巻でした。

昨年9月に古希を迎えた小澤征爾さん、1月からは体調を崩し、今シーズンの全ての公演を降板して休養していたそうですが、この日は迫力ある指揮で会場中を魅了していました。クラシックなどほとんど分からない私ですが、この日の演奏も素晴らしいものだったと思います。その証拠に、演奏が終わると会場中から惜しみない拍手が送られ、小澤さんは何度も何度もステージに戻ってきて挨拶してくれました。小走りにステージに戻る小澤さんに、もちろん私もずっと拍手を送り続けました。コンサートの様子は早速7日付けのBoston Heraldで取り上げられ、小澤征爾さんのファンサイトDeer Seiji Ozawaで記事が紹介されていますが、私も小澤征爾さんは音楽のために生まれた人、そしてボストニアンに愛された人だなぁと思いました。


c0061496_894556.jpg左は1994年7月に完成した「Seiji Ozawa Hall」です。レンガ造りの外観と木をふんだんに使った室内の調和が、タングルウッドの自然に見事に溶け込んでいます。ホール後方の扉が開くようになっていて、この日も芝生に座ったり、寝転んだりしながら、思い思いに音楽を楽しんでいる人がいました。このホールに小澤さんの名前が付けられた由来は、前出のポッキーのボストン案内でどうぞ。

2002年にウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任するまでの約30年間をボストン交響楽団の音楽監督として過ごし、毎年夏にはタングルウッドで若手の育成やコンサートに尽力してきた小澤さんですが、 実は彼自身も24歳の夏、シャルル・ミュンシュによってここに招かれて指揮法を学び、最も優秀な学生指揮者に贈られるKoussevitzky賞を獲得したそうです。小澤さん自身もこのバークシャーの大自然とタングルウッドを愛しているそうで、彼を愛するボストニアンとの双方の思いが、この日のコンサートでは現れたように思います。
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なお、この日は3時半頃に会場に到着しましたが、メインゲートには気の早い日本人の方々が並び始めていました。皆さん小澤征爾さんをお目当てに来られたのでしょうが(もちろん私もそのひとり)、あまりの日本の方の多さにびっくりしました。5時半までゲートが開かないとのことだったので、我が家は木陰にレジャーシートを広げてゴロゴロして過ごしましたが、5時20分、予定より10分ほど早くゲートがオープンしたので私たちもメインゲートの100メートルほど左にある小さなゲートから会場に入りました。ここは並ぶ人も少ない上に、Shedに一番近い入り口となるのでおススメです。

ちなみに今回私たちが手配したのは、芝生席(Lown)ではなくShedの中の席です。実は旦那が出張になるかもしれず1週間前にホテルとチケットを手配しましたが、直前のためチケットがディスカウントされていて、通常$27~39のShedのチケットが$20になっていました。芝生席が$17なのでこれはお得!ということで、座席のチケットを購入しました。私たちの座ったエリアはSection17のJ列と後ろの方でしたが、小さいながらにも生で小澤征爾さんの指揮を見ることができました。(ただしホールの真ん中より後ろは柱が少し邪魔になる。)

なお、タングルウッドはマサチューセッツ州とニューヨーク州の州境、バークシャー地方にある避暑地で、この日は3時半くらいでも外の空気はすがすがしくて気持ちが良かったです。旦那はゲートが開くまで芝生に広げたシートの上で転寝していましたが、少し肌寒かったそうです。夜のコンサートは冷えるので、防寒対策をお忘れなく。

またこのコンサートは多くのボランティアに支えられて運営されているそうで、当日は「ようこそタングルウッドへ」とか「楽しい夜を」と声をかけられたのが印象的でした。ただし車(もしくはツアーバス)でしかアクセスできないため、帰りはメインゲートのあるRt-182は非常に混みあい、駐車場を出るのが大変でした。この日はメインゲートからRt-182を右折して、Pittsfieldに抜けましたが、メインゲートから先は右折車のみの一方通行になっていました。ご注意ください。


ということですっかり長くなりましたが、タングルウッド音楽祭、とにかく行ってよかったです。今年は7月30日に五嶋みどりさんが出演しほか、私たちが行った先日にはYo-Yo MAが出演したそうで、小澤征爾さん以外にも毎年楽しみなプログラムが用意されてるようです。我が家からだと遠くて少し大変ですが、来年もSaratoga競馬場と絡めて旦那を説得してみようと思います♪
by ny-cafe | 2006-08-08 12:15 | Travel☆Travel