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カテゴリ:Pennsylvania!( 42 )
独立の舞台 Philadelphia
従姉の滞在中、空港まで行く夫に便乗してフィラデルフィア観光してきました♪3月末にも一度観光目的で出かけましたが、前日マンハッタンからのバスが遅れに遅れ(バスに乗った直後に橋が封鎖された)、翌朝は早起きできず、フィラデルフィアに着いたのはお昼前。インディペンデンス・ホールの入場チケットは既に配布完了で、観光の目玉とも言える建物を見逃してしまいました。今回は事前にインディペンデンス・ホールの見学ツアーを予約して準備も万全。急遽参戦することになったAさんも加わり、3人でフィラデルフィアの街中を散策してきました。この日の日程は下記の通りです。

c0061496_623488.jpg10:15 SeptaでMaekrt Eastへ
10:50 チャイナタウン散策(ミューラルを探せ!)
11:30 Visiter Centerでチケットの引き換えとランチ
12:30 インディペンデンス・ホール見学
14:00 リバティ・ベルをチラ見
14:30 造幣局見学
15:20 市内散策(べッツィ・ロスの家、フランクリン・コートなど)
16:30 リバティ・ベルを再び見学
17:30 Septaでフィラデルフィア空港へ

まずはお決まりの街の歴史をWikipediaから抜粋しようと思いましたが、素晴らしいサイトを見つけたので省略。フィラデルフィアの歴史については、makiさんのmaki's@philly通信を参照してください。また、アメリカの独立については随分前の日記でも書いたので、良かったらこちらをどうぞ~。

◇ミューラル
c0061496_6202681.jpg空港で夫と別れたあとは、Septaでセンターシティへ移動。前日考えたスケジュールでは、「Visiter Centerでチケット引き換え→リバティ・ベル見学→インディペンデンス・ホール見学」とまわるつもりでしたが、空腹のため何も考えず自然と足はチャイナタウンへ。早目の昼食を取ろうとしましたが、お目当てのPenangは開店前。11:30開店とのことだったので、持参したミューラルマップを見ながらチャイナタウンを散策しました。

フィラデルフィアにはミューラルと呼ばれる壁画があちこちにあり、週に2日(季節限定)だけですが、これらの壁画を見てまわるツアーが用意されています。この日はインディペンデンス・ホールの予約と重なってしまったため、ツアー参加は断念。かわりに地図を見ながらウロウロしましたが、チャイナタウンのミューラルは規模が小さく、またかなり中国風だったのがちょっと残念。ミューラルについては、またいつかリベンジしなくては!と誓いました。

間もなくPenangが開店!という頃になって、「そういえば今日のツアーって12:30からじゃなかった?」と気がついた私。悠長に食事をする時間がないことに気付き、そのままVisiter Centerへ。National Park Serviceの窓口でチケットを受け取り、奥のカフェでホットドックの昼食を取りました。反省です…。ちなみに下の写真は3月に偶然見つけたミューラル。どこで見つけたか定かではありません。

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◇インディペンデンス・ホール(独立記念館/世界遺産)
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c0061496_205295.jpg1749年にペンシルバニアの議事堂として建設されたこの建物が、アメリカの歴史を語る上で欠かせない建物となったのは第2次大陸会議のこと。イギリス植民地下にあった13州の代表がここに集結し、1776年7月2日に独立の是非を問う投票が左の会議室で行われました。投票を棄権したニューヨーク以外の12州はイギリスからの独立に賛成。2日後の7月4日、トーマス・ジェファーソン起草の独立宣言(Declaration of Independence)が採択され、7月8日の朝、高らかな鐘の音とともに独立宣言が公布されました。

c0061496_234782.jpgその後1787年には同じ会議室でアメリカ合衆国憲法が制定。ワシントンD.C.に首都を建設する間の1790~1800年にフィラデルフィアに臨時の首都が置かれると、議会はインディペンデンス・ホールに隣接するフィラデルフィア群裁判所に移され、左の会議室がアメリカ合衆国議会議事堂として使用されました。フィラデルフィアに首都が置かれた10年の間に、独立13州と同じ資格でバーモント、ケンタッキー、テネシーが合衆国に加盟、また宗教、言論、出版の自由が認められるなど、ここで様々な決定がなされたそうです。

c0061496_6592581.jpgc0061496_6594078.jpg左はインディペンス・ホールの入口前に立つ、初代アメリカ大統領ジョージ・ワシントンの像と、ドアの横に掲げられた「The Birthplace of the United States of America」とかかれた石碑です。ちなみにフィラデルフィアの情報を網羅したサイト、フィラデルフィア便利帳によれば、アメリカ大統領の就任宣言は現在もこの建物の前で行なわれるそうです。

なお、インディペンス・ホールの入場チケットはVisiter Center内のデスクで当日朝から配布されますが、アメリカ国内からもたくさんの人が訪れるため、10時前に配布完了してしまうこともあるようです。確実に見学したいという方は、National Park Serviceのサイトをチェックしてみてください。$1.5の手数料はかかるもの、時間指定ができるのでおススメです。


◇リバティ・ベル(自由の鐘)
c0061496_2302966.jpg自由の女神と並ぶ、アメリカの象徴と言っても過言ではないでしょう。ペンシルバニアの州議事堂(現インディペンデンス・ホール)にかかげるための鐘が、イギリスのホワイトチャペル社に発注されたのは1751年のこと。翌年フィラデルフィアに到着した鐘は、1753年3月に議事堂外側の中庭広場に吊り下げらましたが、不運にも初めて鐘が鳴らされた際にひびが入ってしまいました。

そこで今度はフィラデルフィアに住むジョン・パスとジョン・ストウに鐘の鋳造を発注。1753年4月に新しい鐘が完成しましたが、この鐘は銅を多く配合したために満足のゆく音色にならず、彼らは再度鐘の製造に取り掛からなければなりませんでした。そして1753年6月、正しい配合によって再び鐘が完成。ようやく議事堂の尖塔に、State House Bellとしてお目見えしたのでした。

その後1754年3月にイギリスで再び新しい鐘がつくられますが、この鐘はパスとストウによって鋳造された鐘よりも音色が劣っていたことから、議事堂のクーポラに吊るされ、時を知らせる鐘として使用されたそうです。(パスとストウによって鋳造された鐘は特別なときのみ使用された。)

Wikipediaによれば、この新たに鋳造された鐘はシスター・ベルと呼ばれ、1820年以降はフィラデルフィアの聖オーガスティン教会へ貸し出されたそうですが、1844年5月8日に起きた暴動により破壊。その後この鐘の改鋳品を所持していた聖オーガスティン教会の修道士達からヴィラノバ大学へ譲渡され、現在はヴィラノバ大学内のファルビー記念図書館に置かれているそうです。

なお、アメリカ独立宣言が公布された1776年7月8日、フィラデルフィア中の鐘が鳴らされる中、リバティ・ベルも独立を祝って高らかに鳴らされたとされますが、歴史家によれば当時尖塔の状態が悪かったことから、実際に鳴らされたかどうかは疑わしいとのことです…。

その後1777年9月にはイギリス軍がフィラデルフィアを襲撃しようとしたため、鐘は一時ノーザンプトンタウン(現在のアレンタウン)へ移動、1778年にイギリス軍が撤退するまでZion Reformed Churchの地下に隠されたそうです。ちなみにZion Reformed Churchの地下は、現在リバティ・ベル博物館になっているそうですが、私の住むすぐ隣町にこんな博物館があるということを初めて知りました。

尖塔の劣化のため、折角フィラデルフィアに戻った後も7年もの間、鐘は倉庫に保管されたそうです。そのため鐘は盗まれたのではという噂まで出たそうですが、1785年にようやく新しい尖塔が完成。再び鐘が吊るされ、1790年にはフランクリンの死を、1793年にはジョン・アダムスの大統領就任を、1799年にはワシントンの死を告げるために鳴らされ、19世紀に入ってからも1804年にアレクサンダー・ハミルトンの死を、1824年にフィラデルフィアへのラファイエットの帰還、1826年にジョン・アダムズとトマス・ジェファーソンの死、1832年にジョージ・ワシントンの100周年記念、1834年にラファイエットの死を告げるために鳴らされたそうです。

Wikipediaによれば、この鐘に最初に亀裂が入った時期は定かではないそうですが、1846年2月に一旦修理が施されたそうです。しかし修復から間もない1846年2月22日、ジョージ・ワシントンの誕生日を祝って数時間に渡って鳴らされた際、再び修復された割れ目の上部から亀裂が広がり、以降リバティ・ベルは使用不能となってしまったそうです。

その後1852年に尖塔からおろされ、1885年のニューオーリンズを皮切りに1915年まで各地で展示されましたが、1902年に列車での運送中に脱線事故に巻き込まれたことから、ベルを移動することは危険だと考えられ、以降フィラデルフィアに落ち着くようになったようです。ちなみ2003年10月以降は、インディペンデンス・ホール向かいに完成したリバティ・ベル・センターで展示されています。

なお、リバティ・ベルはアメリカの独立の象徴だけでなく、その後奴隷解放やウーマンリブなどでも自由の象徴として掲げられたようです。リバティ・ベルの歴史は、英語サイトになりますがLiberty Bell Timelineでどうぞ。


◇フィラデルフィア造幣局
c0061496_526144.jpg設立は1792年4月2日。アメリカ造幣局の本部でもあるフィラデルフィア造幣局の建物は、アメリカ合衆国憲法の下において最初に建設された建築物だそう。(現在の建物は4代目。)館内へのカメラ持込は一切禁止。私はカメラを預かって外で待っていたので中の様子はわかりませんが、お役所らしく3時になった途端に見学者を一斉に追い出すそう。ゆっくり見学したい方は要注意です!

ちなみに造幣局の向かいの墓地に、ベンジャミン・フランクリンが眠っています。

◇散策中の写真
独立13州を示す初代星条旗、株式取引所、第1回大陸会議が開催されたカーペンターズ・ハウス
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フランクリン・コートと合衆国第2の銀行c0061496_645767.jpgc0061496_632140.jpg
夏の間はあちこちで歴史を語るイベントが開催c0061496_67572.jpgc0061496_642071.jpg

c0061496_82810100.jpg今回は時間の都合で行けませんでしたが、ベンジャミン・フランクリンの像が頂に立つフィラデルフィア市庁舎(右)や、アメリカでも有数のコレクションを誇るフィラデルフィア美術館など、フィラデルフィアはまだまだ見所がありそう。また機会を作って出かけようと思います。ちなみに、フィラデルフィア美術館に行かれる際は、是非こちらの動画を見て、テンションを上げてくださいね♪

なお、フィラデルフィア名物と言えばフィリーチーズですが、家の近所でもおいしいフィリー・チーズが食べられるのでこの日はおあずけに。前回フィラデルフィアに出かけた際もフィリーチーズは食べず、かわりにRoy'sに入りました。ハワイの3大シェフに数えられるRoy Yamaguchiが創り出すHawaiian Fusion Cuisineのお店は、雰囲気も大人な感じでなかなかお勧めです。
Roy's Philadelphia
124-34 S. 15th Street, Philadelphia, PA 19102
(215) 988-1814
by ny-cafe | 2007-08-29 11:32 | Pennsylvania!
Amish Farm & House
夫の両親一行、従姉とともに、2週続けてランカスターのAmish Farm & Houseへ出かけてきました。3月末にもミズーリに留学中の「いとこのいとこ」と出かけたので、今回は下見もばっちり。館内を見学するツアーに参加し、アーミッシュの生活や歴史に触れてきました。(注:右下の写真はLancasterのサイトから勝手に拝借。)

◇アーミッシュの歴史などc0061496_13435381.jpg
アーミッシュとはプロテスタントのメノー派に属していたスイス人、ヤコブ・アマン(Jacob Amman)を指導者として、17世紀末にメノナイトから分離して新たに結成された一派のことを指します。教義の厳しい戒律が徐々に緩んできたメノナイトから離れてヤコブに従った人々はアマン派と呼ばれ、それがアーミッシュの名前の由来になっているそうです。ヤコブは厳格な聖書の解釈を保つべきだと考え、1693年に寛大になりすぎたアーミッシュを去りますが、彼が去った後もアーミッシュは信仰を守り続けました。

アーミッシュがアメリカにやってきたのは1700年代のこと。クエーカー教徒だったウイリアム・ペンの政策によって数多くの宗教グループがペンシルバニアに落ち着く中、アーミッシュも宗教の自由が約束されたことから、この地に移り住んできました。ちなみに現在アーミッシュはアメリカ22の州とカナダに存在しますが(そのうち2万人はランカスターの半径35マイル圏内に住んでいる)、ヨーロッパには存在しないそうです。

アーミッシュは教会を持たず、また幼児の洗礼を信じていないのが特色のひとつです。ランカスターには117のアーミッシュの教区があり、それぞれ20~30世帯が属しています。教区には抽選で選ばれた司教と牧師がいて、2週間ごとに礼拝が行われます。これがオールド・オーダーハウス・アーミッシュと呼ばれる由来だそうです。礼拝は教区内の家々をを転々として行われ、年に1度か2度、それぞれの家で礼拝が行われる仕組みになっているようです。

アーミッシュでは若者が教会に所属するかどうか、彼ら自身で決めることができます。結婚する時まで、または20歳の後半までに教会に所属するかどうかを自分で決め、教会に所属したときに洗礼を受けます。もちろん教会に所属したら、教会が認めていないことは全て諦めなければなりません。

一方教会に所属しないことを決めた場合も、それは認められます。しかし一度教会に所属し、その後に教会を離れることを決めた場合は大変で、家族や友人から追放されます(追放も聖書の一節らしい)。また、メンバーが教会のルールを守らなかったときにも、教会から破門されるか追放されます。アーミッシュは追放された者から物を買ったり、追放された者に物を売ったりできないほか、追放されたものは教会の礼拝に参加できません。そしてメンバーの家を訪問したときには、洗礼を受けたものと同じテーブルで食事ができないそうです。

なお、アーミッシュの人々は特殊なコミニュティで生活せず、アーミッシュ以外の近所の人々とも交友関係を持つそうです。アーミッシュは近代的で便利なものを罪のあるものとは考えていませんが、それらは宗教や家族、コミニュティライフを破壊するものと考えています。そのため一般の生活のように近代的な世界にならないよう、どこかで止めなくてはいけないと考えているそうですが、彼らの信じる生活や理念を他人に押し付けることはないそうです。

◇フロントルーム
c0061496_55107.jpg左はフロントルームと呼ばれる部屋で、ここで礼拝が行われます。礼拝を控えた家は、必要でない家具を外に出し、教区が所有している背もたれのないベンチを運び込んで準備を整えます。礼拝当日は150~250人が集まり、男性と少年は片側に、その反対側に女性と少女が座るそうです。ちなみに賛美歌はドイツ語で歌われ、聖書もドイツ語で読まれますが(聖書は新約聖書と旧約聖書が使われる)、説教はペンシルバニアダッチが使われるそうです。

教会の礼拝は8時半頃から始まり、12時頃に終わります。終了後は先に男性用の軽食が用意され、あとから全員分の食事が用意されるそうです。

晩餐は春と秋の年に2回、献金も1年に2回だけ行われるそうです。献金によって集められたお金は司教によって銀行に預けられ、経済的に必要な人に使われるそうです。

◇キッチン
c0061496_11757.jpgキッチンは家の中で一番大きな部屋で、リビングとしても使われます。アーミッシュの家には電気がありませんが、家の明かりは灯油とプロパンランプが使われます。またセントラルヒーティングのかわりに、木や石炭のストーブで部屋を暖めるそうです。(キッチンからのストーブパイプや通気口によって、2階は暖められる。)キッチンは家の中で唯一暖房された部屋でもあります。プロパンガスによる冷蔵庫と洗濯機があり、料理用には木や石炭ストーブが使われるそうです。食材は近所のグロッサリーなどで購入し、時にはレストランで食事をすることもあるそうです。

なお、アーミッシュの家には基本的に電話がありませんが、中には道路に近い小屋や納屋に電話がある家があるそうです。これは飼料の注文や非常時など、仕事のためだけに使われるもので、家の中には置かれません。アーミッシュにとって電話は無駄な時間や雑談と考えられるのだそうです。

◇少女の部屋
c0061496_5303147.jpgアーミッシュには7~12人の子どもがいて、通常3~4人でひと部屋を使います。左は少女が身につける洋服ですが、無地で大柄なプリントやパターンは使われません。

歩き出す前の小さな子どもはつなぎ(写真右)を着ますが、少女は成長するに従って母親と同じようなエプロン付きの洋服を着ます。少女が10~12歳になると、ドレスの上にまっすぐなピンでエプロンをつけるようになり、成人して教会で洗礼を受けたあとは、女性の洋服には一切ボタンが使われなくなります。

c0061496_117244.jpgこれはアーミッシュが生まれた1600年代後期に、女性はボタンを宝石として使っていたためで、宝石を身につけないアーミッシュの習慣が今でも続いているからだそうです。ちなみにボタンの代わりに、まっすぐなピンが使われます。何かの拍子に体に刺さらないのでしょうか…。

独身の少女は、教会に行く際にベッドの上に飾られた白いケープとエプロンをつけます。白いネットのようなケープをかぶるのは、聖書の一節で女性は頭を覆うべきであるとあるからだそうです。

c0061496_12273724.jpgなお、左上の写真、ベッドのすぐ隣に吊るされた青いドレスが結婚式に着る衣装だそう。アーミッシュの結婚式には特別なドレスはなく、また結婚指輪もありません。女性は結婚の前の日までこの白いエプロンをつけますが、結婚後はしまわれ、そして死後に埋葬されるときに再びつけるそうです。

ちなみにアーミッシュの若者で結婚を希望するものは、司教の許可を受けなければなりません。一般的に結婚式は10月中旬~12月中旬の火曜日か木曜日に、新婦の家で行われるそうです。

正式な招待状はなく、口伝えや手紙によってゲストは招待され、250~400人が集まるそうです。この日は新婦の家族によって、正式な2回の食事が準備されます。もちろん離婚は認められないそう。結婚準備として、ティーンエイジの少女は誕生日などのプレゼントしてきれいなお皿やグラスを少しづつて受け取るそうです。

なお、左の3枚の写真のうち、1番下はアーミッシュの伝統的なキルトのパターンです。アーミッシュキルトは無地の布を組み合わせるのが特徴です。ちなみにベッドの上にかかってるカバーは販売用のもので、アーミッシュキルトではありません。

◇少年の部屋
c0061496_1174619.jpg小さな男の子は父親と同じような服を着ますが、少年はサスペンダーで吊るされた幅広のパンツをはきます。シャツの色は女性と同じですが、女性のものと違い、ボタンやスナップがついています。仕事用のコートにもボタンはありますが、正式なベストやコートにはボタンは使われず、メタルのフックや玉が使われます。これは1600年代後期、男性にとってボタンは軍隊の象徴だったためで、平和主義のアーミッシュでは現在でも正式な洋服にはボタンを使わないそうです。ベッドの上の麦藁帽は屋外で働くときや暑い気候の時用のもの。教会に行くときや寒い時は、黒いフエルト帽をかぶります。ちなみに結婚前は髭をそりますが、結婚後は髭を伸ばすそうです(鼻髭は伸ばさない)。

なお、アーミッシュの少年は16歳くらいで最初の馬車を購入するそうで、洗礼前はステレオつきの馬車があったり、運転免許を取り、車を持っている若者もいるそうです。

◇両親の部屋
c0061496_6474242.jpg両親の部屋は、普通1階のキッチンの隣に置かれます。これは緊急の事態に素早く農場に出かけることができるから、また新生児のために温かい部屋が必要だからです。

大人の洋服は子どもとほぼ同じですが、少し暗い色を着るのが一般的なようです。白いシャツは、教会へ行くときや正装が必要なときに着ます。寒い日には男性はコートを着ますが、女性はショールを羽織ったりセーターを重ねて着るだけで、コートを着ることは滅多にないそうです。

c0061496_118216.jpgアーミッシュの家には写真のように緑のカーテンが下がってるのが一般的で、女性たちの手によって窓辺に緑が上手に飾られるそうです。

なお、アーミッシュの家には写真がありません。写真は聖書の偶像に関連した教義に反すると考えられ、中でも自分の写真をもつことは自慢することになると考えられているからだそうです。アーミッシュにカメラを向けてはいけないと言うのはこのためだったんですね…。ちなみに写真の代わりに、家族の名前と誕生日を記入した記録を持っているそうです。


c0061496_12305639.jpg館内の見学が終わった後は、外に出て納屋や家畜小屋を自由見学。道路に面した敷地の一番はしにはCoverd Bridgeもあります。晴れた日にはアーミッシュの家らしく、右の写真のように洗濯物もつるされています。

渡米したばかりの頃はなかなか乾燥機が使えず、セントラルヒーティングが施された段ボール部屋に洗濯物を干していましたが、最近はすっかり便利で快適な生活に慣れてしまったなぁと反省。アーミッシュのシンプルな生き方に、はっとさせられました。

c0061496_12255632.jpgなお、Amish Farm & Houseはもともとアーミッシュの家族が生活していた建物とファームを買い取って1955年から一般に公開しているもので、館内は英語ツアーでのみ見学できます。受付に日本語の解説(A4で6ページ分)があり、これを読むだけでもアーミッシュの生活が大分分かると思うので、チケットを購入する際に聞いてみてください。(今日の日記はこの日本語の説明をかなり流用しています。)ちなみにこの建物には、アーミッシュの方は基本的にいないと思われます。また、AAA会員の方は$1オフになるので会員カードをお忘れなく~(笑)。



c0061496_13542737.jpgAmish Farm & Houseを見学したあとは、Intercoureの町を抜けて、半分道に迷いながらドライブするのがおすすめ。私たちはIntercouseの観光Villageで短い休憩を取ったあとに適当に細い道に入り、Lancasterののどかな景色を堪能しました。写真は3月末に撮ったものですが、北海道の美瑛にあるパッチワークの丘のような景色が広がっていて、この辺りはドライブするだけでも気持ち良いです。アーミッシュの人々や家、それに馬車を頻繁に見かけることもできます。Lancasterは奥が深そうなので、色々調べて改めて訪れたいと思います!

なお、夫の父は無類の映画好きですが、1985年に公開されたハリソン・フォード主演の『刑事ジョン・ブック/目撃者』という映画を見たそうで、Armish Farm & Houseで読んだアーミッシュの説明がオーバーラップしたと言っていました。アーミッシュやペンシルバニアダッチについては過去の日記にも書いたので、良かったらそちらものぞいてみてください!
Kutztown Pennsylvania German Festival
Pennsylvania Dutch
by ny-cafe | 2007-08-27 05:22 | Pennsylvania!
Phillies vs Dodgers
c0061496_1416135.jpg日本から遊びに来ていた従姉と一緒に、23日(木)のPhillis vs Dodgers戦を観戦してきました。この日も井口は2番セカンドでスタメン出場。最初の3打席はゴロと三振でしたが、1-5で迎えた8回2死の第4打席、カウント1-2から4球目の外角速球を流し打ち。移籍後2本目となるソロホームランを放ち、外野席に設けられた鐘を鳴らしてくれました♪

ライバルのチェイス・アトリー(Philliesのスター選手)は、27日のMets戦から復帰とのこと。頑張ってほしいところです。
c0061496_13273088.jpg右はDodgersリードで迎えた9回裏に登板した、Dodgersのリリーフ、斉藤隆。Philliesの4番ライアン・ハワード(昨年のリーグ2冠王で今季も打点トップを走る)から始まる打線をきっちり3人で締め、今月8個目、今季通算34セーブ目を挙げました。

肝心の試合の方は終始Dodgersリードの展開で、5-2とPhillisの負け試合。9回はいったいどっちのチームを応援してるんだ??といった状況になってしまいましたが、日本人大リーガーふたりの活躍が見られたので、大満足な野球観戦となりました♪

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c0061496_14162747.jpgc0061496_14163751.jpg上の写真は、スタジアムの外壁に掲げられた井口の写真(右)と、バッターボックスに立つ際に電光掲示板に映し出される井口(左)。左の2枚は井口がホームランを打った際の電光掲示板とリバティ・ベルです。リバティ・ベルは、Philliesの選手がホームランを打つと左右に揺れて鐘が鳴る仕組み。ナイトゲームの場合は電飾が施されるらしいです♪この鐘を井口が鳴らしてくれたのが嬉しかったです!


Philliesの本拠地Citizens Bank Parkは、2004年に新しく誕生したスタジアムだけあり、とてもきれいでした。NBAの76ersとNHLのFlyersが本拠地とするWachovia Center、NFLのEaglesが本拠地とするLincoln Financial Fieldと隣り合わせ、フィラデルフィアのスカイラインもよく見えました。(帰り道を間違えて2時間の渋滞に巻き込まれたRt.76からもよく見えたけど…。)
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c0061496_1162226.jpgちなみに従姉の滞在中のスケジュールは下記の通り。ランカスターやフィラデルフィアの写真も、また近いうちにアップしますね。
◇1日目
BieberバスでマンハッタンからPAへ
◇2日目
ランカスター観光&アウトレットでお買い物
◇3日目
フィラデルフィア観光
◇4日目
野球観戦とお買い物
by ny-cafe | 2007-08-24 14:16 | Pennsylvania!
Eagles Camp 速報
c0061496_1514063.jpg金曜日の午前中(つい今さっき)、早速EaglesのTraining Campを見学してきました。この日は8:15から午前の練習がありましたが、私がLehigh Universityに着いたのは10:00頃。おまけについつい出来心から、グラウンド手前のギフトショップによってしまい、ここで15分ほどロス…。(レジが混んでいた。)おかげでグラウンドについて20分もしないうちに練習はお開きになってしまいましたが、ミニゲームをほんの少しと練習後のストレッチ&お祈り風景(?)を見ることができました。
…。何しに行ったんでしょう??
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c0061496_1543357.jpgでも、しっかりサインはもらってきましたよ~。Eaglesのサイトには会場に入るときに配られる紙に書かれた番号を持った人だけとあり、実際Today's Winning Autograph Ticketと書かれた紙が貼られていましたが、これとは別にサイン時間が設けられているのでしょうか?今日はDEFENSIVE BACKS AND RUNNING BACKSのサイン日でしたが、私がもらったのはLS(ロングスナッパー)のJon Dorenbosと、LDT(レフト・ディフェンスタックルのMike Pattersonと他のポジションの選手。このほかT(タックル)のPat McCoyもいました。

☆左からPat McCoy(#68)、Jon Dorenbos(#46)、Mike Patterson(#98)
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いずれにしても、手を伸ばしたら届きそうな場所でアメフト選手を見るチャンスなんてなかなかないでしょうから、今日は行って良かったです。アメフトのルールは大雑把にしか分からないし、Eaglesの選手もQBのMcNabbくらいしか知りませんでしたが、選手の腕も首も太いのには改めてびっくりしました!

ちなみに今日の練習は11:00前に終了。その後フェンス越しに15分ほどサインをしてくれて、11:10くらいにはみんなグラウンドから引き上げてしまいました。Camp会場のLehigh University Goodman Campusは夫の働くオフィスから10分ほど。またふらっと行っちゃいそうです(笑)。

なお、Eaglesについて知りたい方は、horikomiさんのイーグルスファンの独り言 Philadelphia Eagles Fan blogをどうぞ。
by ny-cafe | 2007-08-04 01:26 | Pennsylvania!
Eagles Training Camp
先日からTVを見るたびに気になっていたEaglesのTraining Camp。7月末から8/11までの予定で、Lehigh Universityで行われているようです。Lehigh Universityまでは、車で30分もかからない♪Eaglesのサイトにスケジュールとアクセスがアップされていたので、ふらっと見に行こうかなぁと画策してます。

ちなみに8/1からは、サインの時間も設定されてるようです。午前の練習が終わったあとの20分間で、会場に入る際に渡される紙に書かれた番号で抽選となるようです。なお、ポジションによってサインの日が決められているようです。

c0061496_1285814.jpgLehigh Universityで行われてるEaglesのキャンプ、興味のある方は下記のURLでチェックしてみてください。

2007 Training Camp Schedule
2007 Training Camp Autograph Schedule
Directions to Training Camp
by ny-cafe | 2007-08-03 12:04 | Pennsylvania!
ようこそフィリーズへ♪
c0061496_1920185.gifホワイトソックスの井口が、フィリーズに電撃移籍することになったようですね♪ヤンキースもレッドソックスもマリナーズもことごとく頭上を通過していたフィラデルフィアですが、ようやく日本人選手がやってきました!

どうやら26日の試合でフィリーズの主力選手、セカンドのチェイス・アトリーが右手を骨折。手術のため4-6週間の戦線離脱、長ければシーズン中の復帰が難しくなることから、今回の緊急トレードがまとまったようです。

ちなみにチェイス・アトリーは2005年にレギュラーとして定着し、翌2006年には歴代8位タイの35試合連続安打をマーク。この年は3割、30本塁打、100打点を全てクリアし、シルバースラッガー賞にも輝いたそうです。今期の成績は打率.336、ホームラン17本で、オールスターにも2年続けて出場しています。ちなみに今オフにチームと結んだ契約は「7年総額8500万ドル」で、Wikipediaによれば「ユニフォームを泥だらけにして一生懸命に打球を追う泥臭いプレーが魅力でファンが多い(ルックスの良さから女性ファンも多い)」そう。井口にとってはかなり手ごわいライバルですね…。頑張れ井口!

なお、フィリーズはメッツ、ブレーブスについで現在ナ・リーグ東地区3位で、井口は28日からチームに合流するようです。フィリーズの本拠地のあるシチズンズバンクパークまでは私の運転でも行けるので、早速チケットをチェックしなくちゃ!

追記:27日(土)のフィリーズ対ピッツバーグ・パイレーツ戦で、井口は7番セカンドで出場。この日は5回に先発のYoumanが崩れてノーアウト満塁で2失点とすると、ピッチャーが交代。なんと中継ぎで登場したのが桑田でした。井口VS桑田という日本人対決がフィラデルフィアで見られるとは…。ちなみに最初の対決は井口の犠牲フライ。これでフィリーズは同点に追いつくと、続くChris Costeがランナーふたりをおいてホームラン!桑田はその後もヒットを許し、この回いきなり6失点。桑田にとっては痛い痛いフィリーズ戦となってしまいました。
by ny-cafe | 2007-07-28 19:19 | Pennsylvania!
Kutztown Pennsylvania German Festival
c0061496_328166.jpg土曜日はKutztown Pennsylvania German Festivalへ出かけてきました。Pennsylvania Dutchの伝統や文化をお祝いするこのお祭りは、毎年独立記念日を挟んで開催され、今年で57回目を数えるそうです。

会場でもらったパンフレットによれば、のちにPennsylvania Dutchと呼ばれるようになった人々が、ドイツのライン川沿いにあるPfalzというエリアからこの地方にやってきたのは、1600年代の終わりから1800年代初頭にかけてだそうです。そのほとんどは、もともとスイスやヨーロッパのドイツ語圏の国から移民した人々だったそうで、宗教的理由、経済的理由、そして戦争による荒廃から逃れるためにアメリカに移住したそうです。

ドイツのライン川沿いの町や村はフランス国境に近いことから、200年にわたって痛ましい政治的影響を受けていましたが、中でも新しい君主の取り決めは彼らの生活を破壊を意味しました。
c0061496_331610.jpg彼らの多くは信仰の自由を奪われ、わずかな権利を与えられた代わりに、重い税金が課せられ、自分たちの意思に反した生活を強制されました。

ちょうどそんな折、William Penn(ペンシルバニアの父)がイギリス国王の許可のもと、ペンシルバニアに植民地を建設し、彼はPfalzからのドイツ人を含む様々な国からの移民を奨励しました。この結果、1700年代中期には1000軒以上のドイツ人家庭がペンシルバニア南部に住むようになり、植民地の1/3の人口を占めるほどになったそうです。Pennsylvania Dutchという新しい文化がここで花開いた理由も納得です。

なお、このお祭り自体は1950年から続いているそうで、最近では1000,000人以上の人が集まるそうです。なかなか触れ合うことのないPennsylvania Dutchの文化を、本の少し見たり体験することのできる、民族色の濃いお祭りでした。

◇Pennsylvania Dutch料理(多分)とFunnel Cake(ドーナツに近かった)
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c0061496_4113796.jpg◇Hex Sign
移民してきたドイツ人は、納屋にSix-pointed starというカラフルで幾何学的なパターンの絵を描いたそうです。ドイツでは数字の6を"sechs"と言いますが、この発音が近所の英語を話す人々に'hex'と聞こえたことから、この名前になったようです。ちなみにhexは16進という意味のほかに、まじない、ジンクス、魔力などの意味があります。そのため現在では魔よけの印とか幸運を呼ぶ印として、倉庫や家の壁に描かれているようです。モチーフによって意味がことなるそうで、興味のある方はこちらをどうぞ。
◇Wood Starとフォークアートの代名詞キルトc0061496_455535.jpgc0061496_43022.jpg
c0061496_4411540.jpgc0061496_4413153.jpg右上は展示・販売されていたハンドメイドのキルト。おびただしい数のキルトが並んでいました。

左はキルトの競売風景($3200で落札)と、お客さんが少しづつ刺すキルトです。過去のものも展示されていたので、来年自分の名前を探す楽しみができました。
◇伝統的な帽子とそれを試着する赤ちゃん
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◇Pennsylvania Dutchスタイルのジャムや石鹸などc0061496_461036.jpgc0061496_431449.jpg
Byers' Choice Ltdの人形と発電中の様子c0061496_44571.jpgc0061496_442685.jpg
◇会場で話しかけられたご家族(多分スポンサー)c0061496_458030.jpg
Byers' Choice Ltdはアーミッシュシリーズ以外にもたくさんの人形を作っていて、特にクリスマスシリーズは良く見かけます。みんな歌を歌ってるのが特徴で、いつかお店に行ってみたいのですが…。

右上のロッキングチェアに座ったおじさんと自転車をこいでるお姉さんは、実は発電中。後ろに小さなモーターがついていてます。ちなみにこのお店だけでなく、ほとんどのお店がアーミッシュや植民地時代を意識した店作り&服装をしているので、会場中が雰囲気満点でした。

左の写真は会場で話しかけられたご家族。今月末から日本人中学生のホームステイを3週間引き受けるそうです。彼ら自身がカメラを持っていたので、多分アーミッシュではないと思います。写真には写っていませんが、さらにちびっ子がふたりいました。お揃いの洋服(含Yシャツ)は、左に立ってるお兄ちゃん(かなりハンサム)の手作りだそう。ママは「迷子になってもすぐ分かるわ~」とか笑ってましたが、お兄ちゃんの器用さに脱帽です!
by ny-cafe | 2007-07-10 05:31 | Pennsylvania!
Yuengling工場見学
c0061496_6571997.jpg以前このブログでも紹介した、ペンシルバニアを代表するビール会社Yuengling。先日出張者の方と夫と私の3人で工場見学をして来ました。

Pottsvilleの工場では月曜~金曜日の10:00と13:30、土曜日は11:00、12:00、13:00に見学ツアーが行われます。英語のみのツアーだったため肝心な内容はあまり理解できませんでしたが、実際にビールを作ってる工場の中はなかなか興味深かったです。(ちょっと臭かったけど…。)

ドイツから移民としてやってきたDavid G.Yuenglingが、Pottsvilleという小さな町に「Eagle Brewery」を開いたのは1829年のこと。当初はCentre Streetに工場がありましたが、1831年に火事のため焼失。その後現在のMahantongo Streetに場所を移したそうです。この地にビール工場を設立した理由は、少し先に泉(Yuengling Spring)があるためだそう。しかし現在は1日300,000ガロンもの水を使うため、この泉だけでは水の供給ができず、泉は使われていないそうです。

「Eagle Brewery」から現在の「D.G. Yuengling and Son」に社名変更したのは1873年のこと。David G.Yuenglingの息子Frederickがパートナーとして加盟したことから、社名を変更。「Eagle Brewery」の名前は、ビール樽を持つEagleをトレードマークにすることで残しています。

現在の経営者はDick Yuengling, Jr。彼には4人の娘がいますが、いずれもYuenglingで働いており、そのうちひとりはBrewmasterだそうです。ちなみに一時アイスクリームの製造もしていたそうで、工場の道を挟んだ向かいに大きなアイスクリーム工場の建物が残っています。

土曜日で工場はお休みでしたが、実際に使われている大きなタンクやボトルを詰める建物を見学。最後は地下に降りて生ビール用と思われる樽詰めの作業場所と、以前貯蔵庫として使っていた広大な洞窟を見学しました。この日は暑い暑い1日でしたが、地下の貯蔵庫はひんやりしていて少し寒いくらい。ずっと前に添乗で訪れたMoët & Chandonの地下貯蔵庫と似ていました。

ツアー終了後はお楽しみのビールの試飲。1936年に造られた工場内の趣あるバーで、好きなビールをオーダーすることができます。ひとりひとりサーバーから注いでくれるので時間はかかりますが、雰囲気のあるバーで飲むビールは格別かも。(ビール以外は出してくれないのでお酒が飲めないと辛いけど…涙。)我が家はこれまでLagerばかり買っていましたが、Black&Tanがおいしいことを発見。私は飲めないのでわかりませんが、普通の黒ビールとはちょっと違うそうです。

なお、土曜日の11:00からのツアーに参加しましたが、ツアーの出発時間前になるとワサワサとお客さんがやってきて、50人くらいの大所帯となりました。見学は無料で、集合場所はギフトショップです。ギフトショップの壁にはYuenglingの缶やボトル、それに広告用のポスターが並んでこちらもなかなか良い雰囲気。America's Oldest Breweryというだけあり、一見の価値ありです!なお、サンダルなど足が全部覆われていない靴では参加できないので、実際に見学される方は注意してくださいね。


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by ny-cafe | 2007-06-03 07:01 | Pennsylvania!
念願のアイスホッケー観戦!
c0061496_6135440.jpg日曜日からサマータイムになり、1時間の時間のずれが調節できず困ってます。朝はいつまでたっても眠いし(これはいつもか…汗)、夕方は6時過ぎても外が明るくてご飯作る気にならないし…。まぁ、多分1週間くらいはこんな感じで過ぎてくのでしょうね。

さてさて、10日の土曜日はフィラデルフィアでアイスホッケーを観てきました!渡米直後から行きたい行きたいと言っていたにも関わらず、なかなか実現しなかったNHL観戦ですが、日本からの長期出張者の方がアイスホッケーファンで、一緒に行くことになったんです!

この日のカードはPhiladelphia Flyers vs Boston Bruins。とにもEastern Conferenceに所属するチームで、Bruinsは土曜日の試合が終わった時点で33勝31敗5引き分けで、勝ち点は71。Western Conferenece15チーム中12位です。一方我らがFlyersは19勝38敗11引き分け。勝ち点は49で、15チーム中ダントツの15位。

ちなみに3/12現在、勝ち点が50を切っているのはNHL30チーム中Flyersだけ…。ということで、Flyersの勝利は期待しないで出かけた私たちですが、この日のFlyersは期待を裏切る大健闘で、なかなか良い試合を観ることができました!

c0061496_685240.jpgまずは第1クウォーター開始間もなく、12番のGAGNE SIMONが得点。その後5-4、5-3のパワープレーを生かせなかったのは残念ですが、キーパーのBIRON MARTINのファインセーブが光り、1-1で第2クウォーター終了。そして第3クウォーター中盤で一気に2点を追加すると、Bruinsはキーパーを下げて6人での総攻撃に入りましたが、見事Flyersがパスカットしダメ押しの1点を追加。Flyersが最下位チームだということを忘れてしまう、素晴らしい試合となりました。


c0061496_6283841.jpgというわけで、なかなか見られない「Flyers Win!」という電光掲示板を写真におさめてみました!ちなみにHome Gameの成績は土曜日の時点で7勝19敗7引き分け。勝ちゲームが見られてラッキーでした!

日本でも何度か観戦したことはありましたが、本場のアイスホッケーはエキサイティングで、格闘技か??と思ったのは私だけでしょうか…。パックを奪うためのタックル(正式にはチェックと言うらしい…)の激しさも半端ではなく、選手はしょっちゅうリンクを囲ってるクリアのフェンスや壁に体をぶつけてました。おまけに試合中に選手同士が殴りあうシーンが何度あったことやら…。勿論殴った選手の何人かは、その後お仕置き部屋(ペナルティルーム)に入れられてましたが、観客は総立ちで大喜び…。そういえばアイスホッケーの選手って、何本か歯が折れてるイメージがあったなぁ…。

この日最初の格闘シーン。1対1で素手での殴り合いの場合、審判もケリがつくまで止めないのだとか…。
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オフィシャル横のお仕置き部屋(Flyersの選手がひとりとBruinsの選手がふたり)
c0061496_6233167.jpgちなみに、一緒に行かれた方のお一人が大学時代にアイスホッケー部だったので、「日本でもあんな風に選手同士が殴りあったりするんですか?」と聞いたところ、「まずない」そうです。日本の場合、プロチームの数が少なく(現在4チームのみ)、選手同士が顔見知りだったり元チームメイトだったりするので、よほどのことがなければ殴り合いにはならないそうです。(審判もすぐ止めるらしい。)

またキーパー以外の5人のプレイヤーは試合中かなり激しく入れ替わりますが、アイスホッケーではひとりの選手がプレーを続ける時間は、体力的に1分が限界なのだそうです。確かにあの狭いリンクの中を縦横無尽に走ってる感じですものね…。そのためチーム内で予め5人ごとのユニット3つできていて、試合中は5人単位で1分ほどリンクに出たら戻るを繰り返しているそうです。

なお、折れたスティックは凶器以外の何者でもないため、スティックが折れた場合はすぐに手放さないと反則になるそうです。(持ってるだけで反則だそう。)そんな話をしている途中、3/8の試合でNew York IslandersのChris Simonが、両手で握ったスティックでNew York RangersのRyan Hollwegの顔を殴るというシーンが何度もTVに映し出されたので、「これはありですか??」と聞いたところ、「絶対やってはいけない」との答えが返ってきました。実際あまりに悪質と判断されたようで、Chris SimonはNHL記録最長となる25試合の出場停止処分となったそうです。NHLは残り試合が少なく、チームがプレーオフを勝ち上がっても今季終了まで試合には出られないそう。またプレーオフを合わせた今季の残り試合が25試合に達しなかった場合は、来季に持ち越されるそう。NY同士で、熱くなってしまったのでしょうか???いずれにしても、NHL、熱いスポーツでした。


c0061496_6121340.jpg写真は試合開始前の風景です。チケットの種類に関わらず、リンクのすぐ近くで練習風景を見ることができます。野球もバスケットもそうでしたが、こんな風に選手を身近に見ることができるのは、やっぱり嬉しいものです!アイスホッケーはクリアフェンス(?)がリンクの周りを囲っているので選手に直接さわることはできませんが、わずか5cmくらい先に選手がいるというのはなかなか嬉しい体験でした!

ちなみに練習中はパックをお客さんに投げてくれるようで、私たちの横にいたちびっ子はずっとBruinsのキーパーMac Donaldの名前を呼び続けていました。残念ながら彼の声は届かなかったようで、Mac Donaldがパックを向こうの選手に向かって蹴った瞬間、隣の子どもは「I hate you!!」と言ってました。気持ちは分かるけど(笑)。

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c0061496_6421511.jpg左は試合前に会場の外でサインをしていたおじさま。ものすごい人気でしたが、ナニモノか分からなかったのが残念…。それにしても、老若男女、それこそ子どもからおじいちゃんやおばあちゃんまで、自分の応援するチームや選手のユニホームやTシャツを着てるのに改めてびっくり。何でも良いからオレンジのものを身につけてくれば良かったかしらと、思わず考えてしまいました。

c0061496_7212348.jpgちなみに試合後、左のFlyersのロゴがパーマンのバッジに見えて仕方ないと全員の意見が一致しました。こんなところでパーマンの話になるとは…。世代がバレますね(笑)。
パーマンのバッジはこちらでどうぞ。



全く話は変わりますが、Flyersと同様にWacovia Centerを本拠地とするSixersですが、ここ最近の10試合は8勝2敗と、NBA30チーム中ナンバー1の好成績!NBAも4月中旬にはシーズン終了。Play Offはまだまだ難しいラインですが、このままシーズン終了まで勝ち続けてほしいものです!!
by ny-cafe | 2007-03-14 08:18 | Pennsylvania!
Pennsylvania Dutch
PAに住んでいると時々耳にする言葉のひとつに、Pennsylvania Dutchというのがあります。この場合のDutchはオランダではなくドイツのことを指すそうで、Wikipedeiaによれば17~18世紀にかけてドイツ語圏からアメリカに移住した人々の子孫で、主にペンシルバニア州東部に居住し、移民当時からの伝統的な文化を受け継ぐ人々のこと、または彼らが話す言語のことを言うそうです。

言語としてのPennsylvania Dutchはドイツのプファルツ(Pfalz)地域の方言に最もよく似ているそうですが、移民がやって来てから最初の数世代の間に各種の方言が融合したため、現在ではドイツ人が聞いても理解できないそうです。開拓期のペンシルバニアでは多くの人々がこの言葉を話していたそうですが、次第に英語を話す人が増え、彼らの子どもや孫の世代は英語しか知らない人がほとんどだそうです。そのため現在ではアーミッシュやオールド・オーダー・メノナイト派の一部の人々が、この言葉を引き継いでいるそうです。

ちなみにアーミッシュとは宗教的信条から昔ながらの生活を頑なに守って生活している人々のことで、電気やガスをはじめ、現代の技術による様々な機器を生活に導入することなしで生活しています。ラジオやテレビは勿論、電話もインターネットもない環境だからこそ、この言葉が頑なに引き継がれているのでしょうね。

c0061496_1310297.jpgアーミッシュの人々は車を運転することが基本的に禁止されているそうで(旅行などで他の人が運転する車に乗るのはOKだそう)、今なお馬車が生活の足として使われています。そのためランカスター地方(Pennsylvania Dutch Countyの別名を持つ)をドライブすると、左のような馬車注意の看板を時々見かけます。最初に見たときはびっくりしました。ランカスターにはアーミッシュの村があり、生活の一部が公開されているので、暖かくなったら出かけてみようと思います。


なお、カレッジの先生は小さい頃おばあさんに「Throw the cow over the gate some hay.」と言われてびっくりしたそうです。正しくは「Throw the hay over the gate to the cow.」で、干草を牛に投げておやりくらいの意味でしょうか??また「Outen the Lights.(Turn off the lights.)」とか、「The candy is all.(There is no more candy.)」などと言われたことがあるそうで、これらはPennsylvania Dutch Englishと言われ、ドイツ語の単語と文法がミックスされた英語を指すようです。開拓期や移民としてやってきた人々の苦労が何となく伺え、なかなか英語が身につかない私はかなり親近感を覚えました…。


ちなみにPennsylvania Dutchで検索したら、AUNT STELLA'Sと、Anna Miller'sがヒットしました。クッキーでお馴染みのステラおばさんは、ランカスター地方に住んでいたお菓子作りの上手なおばあちゃまだったんですね~。一方Anna Miller'sは制服のインパクトが強すぎて考えてこともありませんでしたが、こちらもPennsylvania Dutch料理が基本とのこと。Pennsylvania Dutch、まだまだ奥が深そうです…。
by ny-cafe | 2007-03-06 13:52 | Pennsylvania!