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カテゴリ:祝日( 14 )
Colombus Day
今日は10月の第2月曜日。日本では「体育の日」で祝日ですが、アメリカも「Colombus Day」で一部の学校などがお休みになります。1492年にクリストファー・コロンブスが新大陸を発見したのを記念して1892年に制定された祝日ですが、July 4thやThanksgivingのように公共機関や学校、企業がほとんどお休みになるようなメジャーな祝日と違うため、私にはイマイチピンと来ない…、というのが正直な感想です。実際夫の勤務先も、毎年この日は通常通りの出勤日。祝日と言われても余計ピンと来ないというわけです。

と、少々脱線しましたがクリストファー・コロンブスについて。日本・スペイン文化経済交流センターのHPによれば、コロンブスは1451年イタリア・ジェノバに生まれ、やがて船商人となりリスボンに移住したという説が一般的なようですが、出生地や両親についてなど謎は多いそうです。アフリカ大陸南端を通ってアジアへ航海していたこの時代、コロンブスは西廻りで日本を目指す航路を考えましたが、当時のポルトガルではこの考えは支持されず、妻の死後、彼はスペインに渡ります。

コロンバスは息子のディエゴとともにラ・ラビダ修道院に庇護を求め、修道士たちの助けを得てスペインを治めていたカトリック両王に航海案を提出したそうです。そしてその後もスペイン各地を渡り歩きながら謁見を繰り返し、1492年グラナダ郊外のサンタ・フェでようやく航海への援助を取り付けたそうです。

こうして1492年8月3日の早朝、「サンタ・マリア号」、「ピンタ号」、「ラ・ニーニャ号」の3隻を従えたコロンブスは、ラ・ラビダ修道院でのミサに参列し、パロス・デ・ラ・フロンテーラを出航。1492年9月6日、ゴメラ島から一途大西洋横断への航海に出発し、1492年10月12日、バハマ諸島のサン=サルヴァドル島に到達。これが記念すべきヨーロッパ人による最初のアメリカ海域到達となり、その後キューバ・エスパニョラ島の沿岸を航海してスペインへ帰国したそうです。

以上「日本・スペイン文化経済交流センター」HPから抜粋。

ちなみにWikipediaによれば、順調そうに見えたこの航海もコロンブスの計算を越える長いものとなり、10月6日には船内で小さな暴動が起こったそうです。そして3日後の10月9日には「あと3日で陸地が見つからなかったら引き返す」と約束したそうですが、10月11日に水夫が陸地を発見。翌朝この島に上陸したそうです。その後3度の航海に挑んだコロンブスですがなかなか成功を収めることは出来ず、4度目の航海から帰国すると病気になり、1506年5月20日、スペインのバヤドリッドで生涯を終えたそうです。

NYでは毎年Colombus Day当日にパレードが開かれるそうです。コロンブスがイタリア人だったとされるため、イタリア系の人が大勢繰り出すそうです。イタリア系の人がたくさんと聞いただけで陽気なパレードを想像してしまうのですが、いったいどんなパレードになるのでしょうね??1度見てみたかったです。

なお、アメリカの祝日については随分前の日記に書いたのでこちらでどうぞ。
by ny-cafe | 2008-10-13 00:16 | 祝日
First Day of Spring
今日3/20はFirst Day of Spring、春分の日です。日本はもちろん祝日。先ほど義母から電話がありましたが、夫の実家には親戚が集まって賑やかだそうです。

アメリカは特にお祝いはしないのが一般的だそうですが、農業を営む人にとってはこの日から春になるとみなされるそうで、大きな目安になるのだそう。もちろんクリスチャンにとっては、「春分の日後、最初に迎えた満月のあとの日曜日がEaster」と定められているので、こちらもある意味大きな目安になります。ちなみに今年は20日(木)が春分の日、翌日21日(金)が満月のため、23日(日)がEasterとなります。

Easter(復活祭)は十字架に架けられたイエスが3日後に復活したことを祝う日ですが、その前の日曜日(Palm Sunday)からHoly Week(聖週間)と呼ばれ、クリスチャンにとって重要な位置を占めるとのこと。ちなみにキリストが十字架に架けられたとされる復活祭直前の金曜日は、Good Friday(聖金曜日)と呼ばれ、宗派によっては断食や特別な礼典が行われるそうです。


Easterの日曜日、マンハッタンでは毎年恒例のEaster Paradeが開催されます。パレードと言っても、Easterにちなんだ花や卵などを飾り付けた帽子や春らしい衣装を身につけた参加者が、思い思いに歩行者天国を行ったりきたりするだけ。なんとも自由なイベントです。気温があがらなそうなのが若干気がかりですが、Macy'sのFlower Showと絡めて行ってこようと思ってます。



なお、Easterについては随分前に付け焼刃的な日記を書いたので、興味がある方はこちらをどうぞ。またFirst Day of Springについてはこちらを、Easter Paradeの写真は少々古くなりますが、2005年2006年の写真でどうぞ。
by ny-cafe | 2008-03-20 14:22 | 祝日
4th of July
c0061496_93227.jpg本日は7月4日、アメリカ独立記念日でした。去年一昨年と、2年続けてホットドッグ早食い選手権をコニーアイランドで観戦した我が家ですが、今年は水曜日がぽつんと1日お休みだったので、駐在員のご家族を招いてBBQをすることにしました。朝からどんよりとしたお天気で、途中ベースメントに避難する羽目になりましたが、なかなか楽しいJuly 4thを過ごすことができました。

折角なので、テーブルクロス(ビニール製)や紙ナプキンなどもそれっぽいものを用意してみました。使い捨てのフォーク類は赤白青の3種類を用意し、色違いの紙ナプキンで巻いてから、赤白青のリボンでとめてみました。まぁ、これが私の精一杯ですが…。

ちなみに本日もつくねと焼き鳥がメインのBBQ。今日はプチトマトのベーコン巻きを焼いてみましたが、なかなか美味でした♪我が家の永久BBQメニューに決定です(笑)。

c0061496_10383135.jpg左はJuly 4thのビックイベント、ホットドッグ早食い選手権で小林尊の7連覇を阻止し、新チャンピオンとなったJoey Chestnutです。今年の写真ではなく3位だった2年前の写真ですが、どうやら私、Joeyと記念撮影してました(笑)。ちなみに今年の成績は、優勝したJoeyが新記録の66個を完食。小林尊は顎関節症に悩みながらも、自己ベストの63個を平らげました。なお、一昨年は人垣で、去年はTVクルーに阻止されて、実は食べてる様子はあまりよく見なかった私。今年初めて競技中の様子をTVで見ましたが、もうホットドッグじゃないですね…。

ちなみに下の写真は、近くのDorney Parkで日曜日に上げられた花火です。NYで毎年行われる独立記念日の花火とは全く規模が違いますが、それでも花火は良いものですね♪
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by ny-cafe | 2007-07-05 09:22 | 祝日
Thanksgiving
c0061496_3435543.jpg木曜日からはThanksgivingで久々の4連休です。現地の方は両親や子どもの家を訪れて、家族で過ごす大切なお休みですが、こちらに親戚のいない我が家は正直ピンと来ない連休です(悲)。去年は結婚1年だったので奮発して旅行をしましたが、今年はスタートダッシュに失敗して予定はなし。

連休なのにもったいないなぁと思っていたところ、RadioCityからChristmas Spectacularのおいしいチケット情報が届いたので無理やり予定を入れ、前日からロングアイランドに出かけることにしました。そうこうしてるうちに色々お誘いをいただいて嬉しい限り♪楽しい連休が過ごせそうです!

最近ブログタイトルの割りに全くNew Yorkネタのない日記になってしまいましたが(このキーワードで辿り着いた方はホントにごめんなさい…汗)、連休明けには久々にマンハッタンの写真をアップしますね。(ちなみに上の写真はネット上で見つけたものを拝借…。)というわけで、楽しい連休をお過ごしください!

追伸:Thanksgovingについては昨年の日記に書いたので、良かったらそちらものぞいてみてください!
by ny-cafe | 2006-11-23 03:35 | 祝日
祝 6連覇
c0061496_1781573.jpgすっかりアップするのが遅くなりましたが、独立記念日はホットドック早食い選手権に出かけてきました。毎年独立記念日にコニーアイランドで開催されるこの大会、今年は風邪でゲホゲホしていたので見合わせようかとも思いましたが、4連休を寝て過ごすのも癪に障るので出かけることにしました。

去年までは小林尊の独壇場だったこの大会ですが、今年は昨年3位だったJoey Chestnutが、5月の予選会で50本のホットドックを食べたことで一気にヒートアップしたようです。

残念ながらTVカメラのセットの視覚に陣取ってしまったため、ふたりの戦いの様子は見ることはできませんでしたが、「小林が何個、Joeyが何個!」という感じで、かなり熱い戦いが繰り広げられていました。

どうやら前半はJoeyがリードしていたようで、司会者も途中から「USA!USA!」のコールを始めていましたが、残り3分で小林尊が逆転!最後は53本と4分の3を食べ、6連覇を達成しました。試合後のインタビューでは、「練習ではお湯にパンをつけていたけど、本番は水だったので手間取った」と言っていました。2位のJoeyの記録は52本!来年の戦いが楽しみです。(かなり恐ろしいけど…。)

下の写真は、左がコンテストに参加していたおじいちゃんです。去年もおばあちゃまが参加していましたが、シニア枠とかあるのでしょうか??右は今回3位となったSoniyaです。
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こちらは試合中の様子…。時々体を上から下にゆすって、ホットドックを流し込んでるのがおかしかったです。
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c0061496_17101314.jpgc0061496_17102738.jpg左は日本の予選会を勝ち抜いて参戦した小国クンです。

去年は腕を片方吊っての参戦で痛々しかったのですが、今年は炎天下の元、選手がおそろいで着ているTシャツの下に黒いハイネックを着、さらに黒い革ジャンを着て登場…。暑そうでした。見た感じかなり…。


ちなみに今年は10時頃には会場に着きましたが、すでに結構な人が入っていました。(小さなスペースに15,000人も集まったらしい…。)去年よりは近い場所をキープすることができましたが、舞台の正面に巨大なカメラ用のセットがあって、私たちがいたところからは左側の4~5人の選手しか見ることができませんでした。「尊 Swallow up!!」の看板も持っていったのに、全く役に立たずです(涙)。

なおこの日はものすごく暑い1日で、炎天下で3時間以上立っていたら、旦那が日射病になってしまいました。去年は試合後のインタビューを聞き、近くまで行って一緒に写真を撮りましたが、今年は早々と撤収。そのままPAの自宅まで帰りましたが、旦那は夜中まで具合が悪かったようです。皆様日射病にはご注意を…。

ホットドック選手権についてのニュースはこちらでどうぞ。去年の日記でも書いたので、よかったらそちらものぞいてみてください。
by ny-cafe | 2006-07-11 00:57 | 祝日
President Day
金曜日の晩、旦那が西海岸から戻ってきました。今回はバレンタインのプレゼントも買ってきてくれました。「ハイ」と渡されたビニール袋の中に、ハート型のトレイとそれを入れる予定だった小さな袋が、値札付でバラバラに入ってるのがおかしかったです。アメリカではバレンタインは男性から女性に花を贈るのが一般的というのを、ずっと「嫁の陰謀」だと思っていた旦那なので、今回のお土産は上出来です(笑)。

さてさて、この週末はPresident Dayで3連休です。第16代大統領エイブラハム・リンカーンの誕生日を記念して1892年に休日として制定されたそうですが、初代大統領ジョージ・ワシントンの誕生日が2月だったことから、その後間を取って2月の第3月曜日が祝日となったそうです。というわけで、今日はアメリカの偉大な大統領の話です。


◆George Washington (1732.2.22生まれ)
在職期間:1789~1797年 (2,865日)
1732年2月22日、バージニア州の奴隷プランテーションを経営する家に生まれたジョージ・ワシントンは、独立戦争で総司令官として戦い、1787年の連邦憲法制定会議の議長を務めた後、大統領に選ばれます。選挙人の満場一致で選ばれた唯一の大統領で、合衆国の基礎を固めたことから「The farther of his country(建国の父)」と呼ばれているそうです。1797年3月に3選目を拒否して大統領を退任した後は、アメリカ陸軍少将として最高司令官に再び指名されます。間もなく急性喉頭炎になり、現役復帰することはできなかったそうですが、生涯陸軍元帥の地位にあったドワイト・D・アイゼンハワーを除き、大統領退任後に軍務に再就役した唯一の大統領なのだそうです。

ジョージ・ワシントンは誠実な人としても知られ、数々の逸話が残ります。中でも有名なのが「George Washington's axe(ワシントンの斧)」です。誕生日プレゼンに父からもらった斧で、父の大好きな庭のさくらんぼの木を切ってしまった幼いワシントンは、怒った父に「誰が切ったの」かと聞かれると、「私は嘘はつけません、私が切りました」と告白したそうです。息子の正直さを嬉しく思った父はワシントンを怒らなかったそうで、この話は「嘘をついてはいけない」という教訓として、今でも語られるそうです。実はこの話、ワシントンの死後に書かれた子供向けの作り話なのだそうですが、ワシントンの誕生日にはチェリーパイを食べる人が今でも少なくないそうです。

ワシントンは今でも多くのアメリカ人に慕われているようで、1ドル紙幣や25セントコインに肖像が使われているほか、ワシントンD.C.、ワシントン州はもちろん、地名や建物の名前など、彼の名前をとったものがたくさんあるそうです。


◆Abraham Lincoln(1809.2.12生まれ)
在職期間:1861~1865年(1,504日)
ケンタッキーの貧しい農家に生まれたリンカーンは、1832年、イリノイ州議会選挙で政治の経歴をスタートさせます。1834年にイリノイ州議会議員となり4期続けて選出されますが、当初は仕事も政治もそれほど順調とは行かなかったようです。

彼は1837年にイリノイ州で法曹界入りし、次第に弁護士としての実力を発揮していきます。1846年にはホイッグ党員として下院議員に選出されますが、任期が終了すると用意されていたオレゴン準州の総裁の職を断り、再び弁護士活動に戻ってしまいます。1850年代には運輸関係の訴訟で、特に力のある弁護士として有名だったようです。

その後リンカーンが再び政界に復帰したのは、1854年のことです。スティーブン・A・ダグラスの提案した「カンザス-ネブラスカ法」に反対し、1858年にはダグラスへの対立候補として、上院議員選挙に出馬します。この選挙はダグラスの勝利に終わったものの、北部民主党の大物ダグラスとの間で7回に渡って行われた奴隷制度をめぐる激しい論戦は、リンカーンの雄弁さを見事に証明しました。そして1860年の大統領選挙では共和党大統領候補に指名され、1860年11月6日、第16代アメリカ合衆国大統領に選出されたのでした。共和党員として始めての大統領だったそうです。

「奴隷制度は拡大させてはならない」と論じたリンカーンが当選したことにより、南部11州は選挙戦直後に連邦から脱退します。1860年12月にサウスカロライナ州が連邦から脱退を宣言すると、翌年2月までにミシシッピ州、フロリダ州、アラバマ州、ジョージア州、ルイジアナ州、テキサス州がこれに続き、2月には7州が参加したアメリカ連合国が設立されます。そして大統領就任から間もない4月12日、ついに南軍が連邦のサムター要塞を砲撃して戦いが始まり、さらにバージニア州、アーカンソー州、テネシー州、ノースカロライナ州が連合国に合流します。これが南北戦争の始まりです。

度重なる指揮官たちの失敗により戦況は始め北軍に不利でしたが、アンティータムの戦いでの勝利を機に好転し、1862年9月23日には「奴隷解放予備宣言」が、翌年1月1日には「奴隷解放宣言」が発表されます。そして1865年4月9日、リー将軍の降伏により62万人もの死者を出した内乱はようやく終結しますが、それからわずか5日後、リンカーンはワシントンD.C.のフォード劇場で、北軍のメリーランド州出身の俳優ジョン・ウィルクス・ブースに1.2mの至近距離から撃たれ、56年の生涯を閉じたのでした。


ちなみに、アメリカの歴史の中で最も有名なスピーチのひとつといわれる「ゲティスバーグ演説(Lincoln's Gettysburg Address)は、南北戦争で最も激しかった戦いのひとつ、ペンシルバニア州のゲティスバーグで1863年11月19日に行われたものです。「人民の、人民による、人民のための政治」という演説です。この演説は3分とも、2分半ともいわれる短いもので、カメラマンがリンカーンだとは気づいたときには演説が終わっていたため、歴史的に重要な瞬間(?)にもかかわらず、リンカーンの写真は存在しないそうです。

なお、Abe(エイブ)の愛称で親しまれ、奴隷解放の父とも言われるリンカーンは、ジョージ・ワシントンと並ぶ人気があるそうです。ワシントンD.C.にリンカーン記念館があるほか、5ドル紙幣や1セントコインには彼の肖像が採用されています。

また第32代アメリカ大統領ジョン・F・ケネディと数多くの共通点があることも知られているそうです。私もESLでプリントをもらいましたが、以前まこさんのブログでも紹介されていたので、詳しくは楽品生活のHistory Lessonでどうぞ。


c0061496_183991.jpgPresident Dayの本日から、2週間ほど日本に帰ります。
暴飲暴食により、日記の更新が滞る可能性が大ですが、お許しください(笑)。
by ny-cafe | 2006-02-18 21:18 | 祝日
Martin Luther King Jr's Birthday
今日は1月の第3月曜日。Martin Luther King Jr's Dayで、一応祝日です。一応というのは旦那の会社はお休みではないので、なんとなく実感がないためですが(アメリカの祝日についてはこちらでどうぞ)、折角なのでマーティン・ルーサー・キング Jr.について調べてみようと思います。

1929年1月15日、アメリカ南部のジョージア州アトランタで牧師の父、マイケル・ルーサー・キングの息子として生まれた彼は、父と同じ名を命名されます。しかし1939年に父がマーティンと改名したため、彼も改名し、マーティン・ルーサー・キング Jr.となったそうです。

当時のアメリカは、アトランタをはじめ各地で黒人差別が激しく行われていた時代で、幼児期、青春期を通じ、彼はいろいろな人種差別に直面します。中でも15歳のとき、バスで起こった事件は若きキング牧師をひどく傷つけます。あとから乗車した白人客のために、席を譲れと言われたのです。怒りを覚えた彼は白人運転手を殴ろうと思ったそうですが、引率の教師に席をたたされ、このときは事なきをえたようです。

15歳で父と同じアトランタのモアハウス・カレッジに進んだ彼は、牧師であった学長のベンジャミン・メイスに影響を受けて牧師を目指すようになったそうです。そして1948年にペンシルバニア州のクローザー神学校に進んでトップで卒業すると、今度はボストン大学神学部に進み、1955年に博士号を取得します。

卒業後は南部に戻り、アラバマ州モントゴメリーのデクスター・アベニュー・バプティスト教会で牧師として働き始めますが、当時モントゴメリーをはじめ、南部では黒人に対する差別が依然根強く残っており、あらゆる面で人種隔離耐性が取られていました。若いキング牧師にとって、この差別的な生活がいつまでも続くことは、決して耐えられなかったことでしょう。

そんな折、事件は起こります。1955年、ローザ・パークスという42歳の黒人女性が、バスの運転手にあとから乗ってきた白人のために席を譲れといわれ、拒否したために逮捕されるという事件が起こったのです。

この知らせを受けたキング牧師は、モントゴメリーの人種隔離条例そのものが憲法違反であるとして、ローザ・パークスの逮捕から4日目の12月5日から、市営バスのボイコットに入りました。彼らはどこに行くにもバスを使用しないという平和的な抗議行動を粘り強く続けますが、市やバス会社の態度は強硬で、抗議活動の中心人物だったキング牧師は、逮捕されたり家を襲撃されたりと様々な圧力をかけられます。しかし1956年12月、最高裁判所がアラバマ州の州法および民法を違憲としたことで問題は解決し、彼らはようやく自由にバスに乗る権利を手にしたのでした。

この活動は多くの黒人に勇気と希望を与えただけでなく、白人の共感を得て大きく広がり、その後も各地でデモや抗議活動が行われます。キング牧師は常に「物理的力には魂の力をもって応えなければならない 」と訴え、非暴力による運動を指導しました。武器を持たない彼らは時に痛めつけられたり、逮捕されることもありました。

中でも1963年アラバマ州バーミンガムでのデモ活動に際しては、黒人を弾圧することで知られていた警察署長がデモ隊に攻撃命令を出したため、幼い子供たちまでもがむごい仕打ちを受けることとなりました。しかしこの弾圧の映像がテレビカメラによって全世界に発信されたことで、事態は一変します。それまで黒人の権利について関心のなかった多くの人を巻き込み、ついには連邦政府までが黒人の公民権の保護のために行動を起こすことになったのです。

こうして1964年に公民権法が成立し、黒人の権利を守るために非暴力の公民権運動を指導したキング牧師は、同年ノーベル平和賞を受賞したのでした。牧師はその後も黒人に対する様々なバリアを取り除くために活動を続けますが、1968年4月4日、テネシー州メンフィスのホテルのバルコニーで、彼の存在を疎む一発の銃弾により、39歳という若さでこの世を去っってしまうのです。


ちなみに中学か高校の教科書に載っていた「I have a dream…」という有名な演説は、公民権法が成立する前年の1963年8月28日、ワシントン大行進で行われたものです。奴隷制度廃止100年を記念して行われたこの日の行進には25万人もの人が集まり、リンカーン記念堂前で行われたスピーチに聴き入った人の中には、多くの白人の姿があったそうです。スピーチの内容については、うさぎ仙人さんのブログでどうぞ。私もこれからじっくり読んでみようと思います。
by ny-cafe | 2006-01-17 09:07 | 祝日
Thanksgiving Day
11月の第4木曜日、つまり今週の木曜日はThanksgiving Dayです。Thanksgivingというと七面鳥にクランベリーソースぐらいしか浮かばない私ですが(←食べたことはない)、実はこのお祭りの歴史は長く、1620年にメイフラワー号に乗ってやってきたイギリス人清教徒たちが、アメリカ人の先住民によって助けられたことに由来するようです。

1620年12月26日、新天地を求めマサチューセッツ湾にやってきた清教徒は、冬の寒さや食糧不足、伝染病の流行などから、到着後半分近くが命を落としてしまったのだそうです。そのあまりの悲惨な状況を見かねた先住民のインディアンたちは、彼らにとうもろこしやかぼちゃの作り方、それに狩猟の方法などを教えます。こうして翌年11月、秋の収穫を迎えることができた清教徒は、神の恵みと先住民に感謝し、先住民を招いて七面鳥や収穫物を振る舞い、これが感謝祭の始まりとなったそうです。

ちなみに現在では家族や友人など、さまざまな人や事柄に対して感謝する日となり、日本の盆や正月のように、家族や親戚が集まり、七面鳥やパンプキンパイなどの伝統的な食事を楽しむようです。

NYではこの日、毎年恒例のMaycy'sのパレードが開催されます。残念ながら今年は見に行くことができませんが、アメリカにいる間に1度は見に行こうと思っています。ちなみにTnhanksgiving当日は、公共機関はもちろん、お店やレストランなどお休みとなるところが多いようですが、翌日の金曜日はブラック・フライデーと言われ、あちこちで朝早くからバーゲンセールが行われるそうです。

というわけで、アメリカはまもなく本格的にHolidayシーズンの到来です。我が家は結婚式からちょうどまる1年ということで、また1週間ほど更新をお休みしますね!
by ny-cafe | 2005-11-21 16:56 | 祝日
Labor Day&Tax Free Week
すっかり忘れていましたが、明日の土曜日から月曜までの3日間、アメリカはLabor Dayで久々の連休です。以前Memorial Dayについて書いたときにも触れましたが、アメリカはNational Holidayのほとんどが「○月の第△月曜日」というように決まっています。日本の勤労感謝の日に当たるLabor Dayは毎年9月の弟1月曜日で、労働者の功績を称える日としてお祝いされます。この日はまた、伝統的に夏の終わりを示す日でもあり、連休中は最後のバケーションに出かけたり、海や山、プールに出かける人も少なくなく、1年で1番車が混雑するとも言われるそうです。

そして勿論、NYではお買い物に行く人もたくさんいることでしょうね!何せ待ちに待ったTax Free週間なのですから♪(注:2005年は8/30~9/5です。)

他の州の事情はわかりませんが、NYでは毎年、Labor Day前の1週間、$110以下の衣類や靴、布やおむつは全部免税になるらしいのです。2月にも同じようにTax Freeの期間がありましたが、このときは詳細を知らずうまく恩恵にあずかることができませんでした。ちなみにNY市の消費税は8.375%、ロングアイランドの東にあるタンガーアウトレットの辺り(我が家の周辺も?)ではさらに高い8.625%です。

細かいことは良くわかりませんが、日本の消費税に該当するアメリカの「一般売上税」は、州ごとに税率を設定し、各州が税収を得る仕組みになっているようです。さらに市や郡が追加で徴収することができるため、日本のように一律5%というように決まっておらず、オレゴン州のように売上税自体が存在しない州もあれば、同じNY州内でも税率が異なるという事態が生まれるのだそうです。ちなみにNY市の場合、州税4.375%+市税4%=8.375%となるようです。ただしこの税金、日本のように買ったもの全てにかかるのではなく、食料品などは対象になるものもならないものもあって、実は未だに全くもって良くわかりません。

ちなみにNY市で最大の$110の買い物をした場合、税金は$9ちょっとです。「たかだか$9」と思うか、「$9も」と思うかは懐具合にもよりますが、お得であることは間違いありません。ということで、我が家も明日は朝からアウトレットに出かけようと思います。

そうそう、NY市内の税金についてですが、10月1日より$110以下の衣類や靴などは市税の4%が免除されるそうです。当初8月から実施の予定でしたが、10月に延期されたそうです。州税4.375%は今まで通りかかり、食品や$110以上のものも今までどおりです。ロングアイランドについてはどうなるのかわかりかねますが、税金が安くなるのは大歓迎ですね♪


すっかり脱線しましたが、肝心なLabor Dayの歴史についても少し調べてみました。

Labor Dayの歴史は、今から100年以上も前の1882年9月5日までさかのぼります。19世紀後半のアメリカといえば、南部と北部が対立が激化した時代で、奴隷制の存続と自由貿易を求める南部と、産業改革が進み、資本主義の発達した北部との間で、1861年南北戦争が勃発しました。この戦いは当初名将リーの指揮下で善戦した南軍が優位に戦いましたが、1863年1月のリンカーンによる奴隷解放宣言で形勢が逆転し、65年にリッチモンドが陥落したことで終止符が打たれます。

これにより合衆国は統一され、共和党の主導で南部の再建が図られました。そして憲法で正式に奴隷制度が廃止され、開放された黒人に公民権と投票権が与えられました。(注:南部諸州では、その後州法によって黒人の公民権や投票権を制限されたためこの法律は骨抜きになってしまいます。)

当時のアメリカは天然資源に恵まれ、石炭、石油、鉄鋼などを基本とする工業がめざましく躍進し、世界一の工業国へと発展する時代でもありました。そのため、工業発展の原動力のひとつとなる移民の数が大幅に増大した時代でもありました。当然ながら、生産効率をあげるための設備に力が注がれる一方で、過酷な労働条件や低賃金、未成年者の就労など様々な問題が生まれます。

こうした時代背景の中で、労働者は少しでも改善するために、次第に団結して労働組合を結成します。そして1882年9月5日、ついに「労働騎士団」と称する労働組合が、ニューヨークで初めて大きなパレードを行ったのでした。月曜日だったにもかかわらず、この日は20,000人もの労働者がパレードに参加し、その後あちこちでピクニックが催され、夜には花火も打ち上げられたそうです。このパレードはその後何年か継続され、次第に9月の第1月曜日を労働者の祝日とする風潮が広がっていきます。そして1887年、ついにオレゴン、コロラド、ニューヨーク、マサチューセッツ、ニュージャージーの5州でこの日を祝日とすることが決まり、1894年、ついに連邦議会でNational Hokidayにすることが決定したのだそうです。

ちなみにマンハッタンでは、Labor Dayの翌週9月10日に5番街でパレードが行われるようです。時差があるので日本ではちょうど選挙の当日ですね。残念ながら、私は今回の選挙は投票できないようです。(在外選挙の手続きをしていませんでした…。)

「財政の足りない分は金持ちから取ればいいという発想はやめてほしい」などと堂々と発言する某社長さんやら、「私のように政治に関心の無い人たちと、ティーパーティーでもしながら気楽に政治について語り合って行きたいと思います」などと発言する某料理研究家が立候補しているようですが、政治家の皆さん及び立候補してる皆さん、労働者のことも真剣に考えてくださいね~!
by ny-cafe | 2005-09-03 13:32 | 祝日
独立記念日
c0061496_21475623.gif夏休みに入り、わけもなくバタバタと過ごしているうちに紫陽花の花が咲き始め、気がつけば6月も今日でおしまい…。この週末は独立記念日で、久々の3連休です。

独立記念日、日本では「Independence Day」と呼ばれますが、アメリカでは「July 4th」とか「4th of July」と呼ばれる方が一般的なようです。1776年7月4日、植民地の最高議決機関である大陸会議で独立宣言が公布されたのを記念した日で、1870年代に祝日として定着したそうです。

アメリカの植民地の歴史は、1497年、英国人ジョン・カボットが北米大陸東海岸を発見し、ニューイングランド植民地として英国が領有したことに始まります。(コロンブスが西インド諸島を発見したのは5年前の1492年。)その後1620年には「ピルグリム・ファーザーズ(巡礼父祖)」と呼ばれるピューリタン(清教徒)たちが、英国本土における宗教的迫害から逃れるためにメイフラワー号で大西洋を渡り、プリマス(現マサチューセッツ州)に上陸し、以来スペイン やイギリスをはじめ、オランダ、フランスなどから、 ヨーロッパの人々が入植し、植民地で砂糖やコーヒー、タバコなどの農作物を作り始めました。(このとき労働力不足を補うために取られた手段が奴隷貿易。)

植民地支配に積極的だったイギリスは、次第にカナダに植民するフランスと対立するようになり、英仏がヨーロッパで戦争を繰り広げるたびに、植民地でも戦争が起こるようになります。この戦いは1763年にフレンチ・インディアン戦争でイギリスが勝利するまで続きますが、この間英国は着々とフランスやスペインの植民地を獲得し、北米東沿岸をほぼ全て手中に収めます。さらに先住民であるインディアンを駆逐して領土を拡大して、ニューハンプシャー、マサチューセッツ、ロードアイランド、コネティカット、ニュージャージー、デラウェア、メリーランド、ニューヨーク、ペンシルベニア、バージニア、ノースカロライナ、ジョージア、サウスカロライナの13州を、植民地として支配するようになりました。

しかし長引く戦争はイギリス本国の経済を圧迫し、この財政難をカバーするために植民地の住民に対して重税を課し、「印紙法」によって貿易独占を企てます。住民の激しい反発により「印紙法」は間もなく撤廃されますが、今度は「茶法」を制定し、紅茶の貿易を独占しようとしました。東インド会社の余った紅茶を、高い税金をかけてアメリカに売りつけるという一方的な押し売りで、これに怒った植民地の人々がアメリカインディアンに扮装し、停泊中のイギリス船を襲って紅茶を海に投げ捨てました。これが有名なボストンティーパーティです。

この事件に対し、イギリスは強圧的な姿勢で臨みました。そこで1774年9月、ジョージア州を除く12州の植民地の代表がフィラデルフィアに集まり、初めての大陸会議を開いて和解策を検討します。しかし緊張が高まる中、翌年4月に植民地軍とイギリス軍が衝突し(レキシントンの戦い)、ついにアメリカ独立戦争が勃発してしまいます。植民地13州の代表は、早速大陸会議を開き、大陸軍を結成します。このとき総司令官に任命されたのが、のちに初代アメリカ大統領となるジョージ・ワシントンです。そして悪化する情勢の中、次第に各地で独立論が叫ばれるようになり、1776年2月、ついにアメリカ独立宣言が採択され、同年7月4日発表されたのでした。

実際には独立宣言が発表されたのちも戦争は続き、アメリカが正式に独立を勝ち取ったのは7年後の1783年のことです。フランスやスペイン、それにオランダやロシアなど列強を巻き込んだこの戦争は、イギリスの孤立を招き、アメリカ側の勝利で幕を閉じます。そして米英間で交わされたパリ条約で、アメリカは念願の独立を手にしたのです。

アメリカ国旗の赤と白のストライプが独立時の13州を表しているというのはもう有名な話ですね。アメリカの国旗については、ロングアイランダーさんのブログのんびりライフ in NYで、Flag Dayについて書かれていたのでTBさせていただきます。また国旗の変遷についてはこちらでどうぞ。


7月4日は、毎年各地で盛大な祝賀行事が開催されるそうです。花火の販売が禁止されているアメリカでも、この日だけは許可されるところも多く、空気が乾燥しているカリフォルニアでは、山火事が独立記念日の名物なのだそうです。

NYでもROOSEVELT ISLANDで花火が打ち上げられるようです。ワシントンD.C.のThe National Independence Day Paradeと並ぶ大きなイベントだとか…。我が家は土曜日から旦那の先輩が遊びにきますが、この日は花火ではなく「ホットドッグ早食い選手権」に行くそうです。もちろん参加はしません(笑)。


c0061496_12448.gifc0061496_191429.gif独立の歴史はWikipediaといくつかの資料を参考にしました。間違っている所はお知らせください。また動画イラストは「ぱたぱたアニメ館」さんを利用させていただきました。
by ny-cafe | 2005-06-30 20:31 | 祝日