m's New York cafe
nycafe.exblog.jp
ブログトップ | ログイン
<   2005年 10月 ( 17 )   > この月の画像一覧
Happy Halloween
c0061496_51417.jpg絶好のHalloween日和です!!

バタバタと過ごしているうちに10月も今日でおしまいです。スーパーで山のようにつまれていたかぼちゃもすっかり売れ切れ、ついにHalloween当日がやってきました。去年はちょうどお休みの日だったこともあり、ひとりで暮らしていた旦那は慌ててお菓子を用意したそうですが、今年は近所のお宅を見ながら少しづつ窓を飾り、事前にお菓子もたっぷり用意しました。

今日は英語のクラスも休んで、今か今かと子供たちの襲撃を待ち構えていますが、さすがにお昼の1時じゃ誰も来ませんね…。ということで、ブログを書きながら子供たちが遊びに来るのを待つことにしましょう。

c0061496_5523596.gifc0061496_5571249.gifc0061496_5524562.gifc0061496_65966.gifc0061496_5555542.gifc0061496_5523596.gif

c0061496_51335100.jpg日本でもすっかりおなじみになったHalloweenですが、キリスト教の「諸聖人の日」に由来するようです。日本では「万聖節」ともいわれるそうで、全ての聖人と殉教者を祝う日なのだそうです。カトリック教会の典礼暦では11月1日を諸聖人の日としているそうですが、この諸聖人の日の前日、つまり「All HallowsのEve」がなまって「Halloween」となったそうです。

ただしこのお祭り、もともとはケルト人の秋の祭をキリスト教が取り入れたものなのだそうです。古代ケルトでは10月31日は1年の終わりを意味したそうですが、この日の夜は死者の霊が家族を訪ねるだけでなく、精霊や魔女が出てくると信じられていたそうです。そこでケルト人は悪霊や魔女から身を守るために仮面をかぶり、たき火をしたそうです(幽霊と魔女は火を恐れるため)。これががケルトのSamhain(サウィン)祭で、10月31日の夜からはじまり、新年を迎えた11月1日の朝には燃えさしが配られ、家々で新しい火をたいたそうです。

Halloweenの日に仮装をしたり、家々を恐ろしいお化けや、グロテスクなもので飾るのはこのためなんですね…。ハロウィンについては様々な説があるので、これ以上のことは付け焼刃ではとても理解できそうにありません。よかったらile d'Azur(ハロウィーンの起源)HALLOWEEN JAPAN INFOを参考にしてみてください。

さてさて、子供達が「Trick or treat(お菓子をくれなきゃいたずらするぞ)!!」と言いながらやってくる時間は間もなくでしょうか(3時現在まだ誰も来ない…涙)??いったいどんな仮装でやってくるのか楽しみです。

c0061496_5125340.jpgc0061496_5132022.jpgc0061496_5251583.jpg

c0061496_9532984.jpgc0061496_955432.jpgc0061496_955151.jpg

c0061496_9554720.jpgc0061496_956516.jpgc0061496_9562319.jpg

c0061496_1014264.jpgc0061496_1015612.jpg

c0061496_106524.jpgc0061496_1012713.jpg

by ny-cafe | 2005-10-31 22:06 | アメリカ生活
冬時間になりました
日曜日(10/30)の真夜中の2時、NYは夏時間から冬時間にかわりました。

夏時間については以前「今日から夏時間 Daylight Saving」で書きましたが、あれからあっという間に7ヶ月が経ち、再び冬時間に戻ってしまいました。

夏時間がSpring forwardと言われるのに対し、冬時間は夜中の2時に時計を1時間戻すためFall backと呼ばれ、この日は1日が25時間となります。Spring forwardに比べると1時間寝坊ができる計算♪体のリズムは調整しやすいのですが、これからひたすら寒い冬に向かっていくと思うと、やっぱり嫌なものですね…。


何はともあれ、これで日本とNYの時差はマイナス14時間になりました。NY時間の午前9時は日本の午後11時、電話をかけるときはご注意くださいね。
by ny-cafe | 2005-10-30 09:06 | アメリカ生活
静かな家
両親を乗せた飛行機が、日本に向けて出発してしまいました。こんなに長いことふたりと一緒に過ごしたのは久しぶりでしたが、それでもあっという間の1週間でした。今さらながら、「あれも食べさせてあげたかった」とか「あれも見せてあげたかった」とか、「もっともっと話したいことがあったなぁ」と思うことは色々ありますが、それはまた次回会うときの楽しみにしましょう。

それにしても、昨日の晩から両親が帰国することが実感としてわいてきて、ふとしたときに涙がこぼれて大変でした。両親の前で泣くと心配するので必死でこらえましたが、ふたりの顔を見るのがこんなにつらかったのは初めてです。

父の「お正月は帰ってくるのか」という言葉、母の「(義母が遊びに来たときの)写真を見たら会いたくなったよ」という言葉、そして帰り際の「昨日の晩は時が止まればよいのにと思ったよ」という言葉、寂しい思いをさせてごめんねと何度も何度も心の中で謝りました。

母と一緒に立った台所、父がリスを眺めていた窓辺、ふたりの荷物が消えて布団のたたまれた部屋、静かになった家の中はどこも寂しいです。


離れて暮らしてる間、どうかふたりが健康でいてくれますように。


追伸:旦那にもたくさん感謝の1週間でした。
by ny-cafe | 2005-10-29 06:54 | 日々の出来事(in USA)
ブルックリンブリッジの夜景
ようやく青空が見えました!気温は低く寒い寒い1日でしたが、両親とマンハッタンへ出かけてきました。本日の散策コースはメトロポリタン→セントラルパーク→クロイスターズの予定でしたが、昨晩ガイドブックを見ながら両親が夜景の話をしていたので、最後にリバーカフェ横にあるボードウォークまで行きました。1日中歩き回ったあとだけにブルックリンブリッジを歩かせるのは躊躇しましたが、ふたりとも大丈夫だと言うので急遽歩いて渡ることにしました。夕焼けから夜景へと刻々と変わる景色は美しく、両親は何度も立ち止まり、色んな角度から夜景を眺めていました。

今回は自由の女神にも国連にも連れて行ってあげられませんでしたが、先日の紅葉と今日の夜景、そして帰宅後に旦那が用意してくれた手作りコロッケが何よりの親孝行になったようです。あと1日半、両親との時間を楽しもうと思います。

6:00 ボードウォークから見るロウアー・マンハッタン
c0061496_13251739.jpg



6:40 ブルックリンブリッジから見るロウアー・マンハッタン①
c0061496_131884.jpg



6:45 ブルックリンブリッジから見るロウアー・マンハッタン②
c0061496_131821100.jpg



6:45 ブルックリンブリッジから見るロウアー・マンハッタン③
c0061496_13253573.jpg


☆夜景モードやサンセットモード、キャンドルモードなどで撮影したため背景が明るく見えますが、実際には橋を渡り始めて間もなく、空は真っ暗になりました。
by ny-cafe | 2005-10-27 13:18 | Let's go Manhattan
両親とドライブ
c0061496_13233558.jpg


娘の詰めの甘さからバタバタと日本を飛び立つ羽目になった両親ですが、無事入国審査を通過し、目下秋のNYを堪能中(多分)です。ご心配くださった皆さま、ありがとうございました。

日曜日はあいにくの曇り空でしたが、のんびりライフ in NYのロングアイランダーさんに教えていただいた紅葉スポット、Monhonk Mountainへ出かてきました。山だけでなく、ふもとから色づくアメリカの紅葉に、全員で息を呑んだ1日でした。詳細はまた後日書くとして、今日は写真を1枚だけアップします…。
by ny-cafe | 2005-10-24 13:25 | アメリカ生活
両親がやってくる
20日(木)、いよいよ両親がNYに遊びに来ます。電話やメールは頻繁にしていますが、会うのは10ヶ月ぶりです。10年以上ひとり暮らしをしていた私ですが、しょっちゅう実家に帰っていたので、こんなに長いこと会わなかったのは初めてです。明日はなんだか照れくさいですね(笑)。自分の親なので張り切った準備は全くしていませんが、久しぶりに親孝行してみようと思います。




…、と柄にもないことを思っていた矢先、いきなりハプニングが起こりました…。

実家に電話を入れて、最後にアメリカの入国審査などの細かい説明をしようと思ったところ、我が家の電話が壊れてました(汗)。私の携帯からでは国際電話はかけられないし、国際電話の使える公衆電話なんてどこにあるかわかりません。両親は携帯を持っていないので、何とか復旧させようと、コンセントを抜いたりスイッチを色々押してみましたが全く効果はなく、ようやく他の電話から家に電話したときは、両親は家を出たあとでした(涙)。


もちろん旅行の件では何度も電話をしていたのですが、最初にして最大の難関であるアメリカの入国審査のことだけ忘れていたのですから大失敗です。海外旅行の経験もほとんどなく、数回の旅行は必ず私か妹が一緒にでかけていた両親なので、ふたりだけで入国審査をするということが、私も両親も頭から消えていました。



このままでは全く英語のわからない両親が無事に入国できるわけがない!


ということで、航空会社に「娘の携帯に電話するように」と言うメッセージを入れてもらい、さらに成田空港で呼び出しまでかけてもらって、何とか必要最低限のことだけ伝えることが出来ました。いまさらながら携帯を持たせようと思った1日、無事に入国した暁には、うっかりものの娘が平謝りしましょう。
by ny-cafe | 2005-10-20 19:18 | 日々の出来事(in USA)
オイスター・フェスティバル
ダラダラとドイツ旅行記を書いているうちに、ロングアイランドはすっかり寒くなりました。まだまだコートを着る必要はありませんが、朝夕は冷え込むことも多く、10月だというのに暖房が欠かせません。冬眠に備えているのか、裏庭には毎日リスがやってきて木の実を拾ってます。そろそろ私も冬ごもりの準備が必要なようです…。

さてさて、土曜日はOyster Festivalへ行ってきました。我が家から車で20分ほどのOyster Bayで毎年開かれるこのお祭りは、ロングアイランドの秋の風物詩なのだそうです。かつては牡蠣の産地として有名だったこの町は、第26代アメリカ大統領セオドア・ルーズベルトゆかりの地としても知られるそうで、今から23年前、セオドア・ルーズベルトの生誕125周年を記念して開催されたパレードが形を変えて引き継がれているようです。

事前にOyster FestivalのHPをチェックしたところ、毎年土日の2日間で150,000人ものお客さんがやって来るとあったので、駐車場を確保するために早めに出かけましたが、1時間も早く到着してしまったため、しばらく準備中のテントを眺めながら時間をつぶしました。前日までひどい大雨だったのでお天気が心配でしたが、朝には小雨程度になり、Festivalの始まる11時頃には青空も見えてきて、お祭り日和の1日となったようです。

肝心なお祭りの内容はすぐに帰ってきてしまったためわかりませんが、名物の生牡蠣はいくらでも食べられる気がしました。実は我が家は旦那がひどい牡蠣アレルギーなので、生牡蠣どころかオイスターソースで作った料理も滅多に食べられません(涙)。私は大好物なのに…。

ということで、私はここぞとばかりに生牡蠣ふた皿を独り占めし、エキスでも反応してしまう旦那さまは念入りにテントを物色し、牡蠣を一切扱っていないお店でクラムチャウダーとGyroを買って食べていました。(牡蠣鍋のあとのスープで作ったおかゆですらあたるらしい。)かわいそうに…。



なお、Oyster BayのSagamore Hillには、セオドア・ルーズベルトが1885年から亡くなるまで住んだ家があるそうです。(1902年から1908年まで"Summer White House"とも呼ばれた。)

ルーズベルト家は1650年頃にオランダのハールレムから、当時ニューアムステルダムといわれていたニューヨークに移住し、18世紀に「ハイドパーク・ルーズベルト」家と「オイスター・ベイ・ルーズベルト」家に分かれたようです。両家は政治的に違いはありましたが、親交は深かったようです。もちろんセオドア・ルーズベルトはオイスター・ベイ・ルーズベルト家の出身ですが、第32代アメリカ大統領のフランクリンルーズベルトはハイドパーク・ルーズベルト家の出身だそうで、セオドア・ルーズベルトの従兄弟にあたるそうです。すごい血縁ですね…。

ちなみに「テディベア」の名前がセオドア・ルーズベルトの愛称「テディ」にちなんだものというのは有名な話ですが、大統領官邸がホワイトハウスと呼ばれるようになったのも、セオドア・ルーズベルト時代からなのだとか…。Wikipedeiaには、彼の息子たちが真っ白な官邸をホワイトハウスと呼んだことから、この名前が定着したという説明がありました。時間があったら、一度Sagamore Hillに行ってみようと思います。


追記:明日から両親がNYにやってきます。今日はバタバタして写真の整理ができなかったので、Oyster Festivalの写真は後日アップします。
by ny-cafe | 2005-10-19 13:47 | I love Long Island
ドイツ旅行記 Vol.11
すっかり長引いてしまったドイツ旅行記も、ようやくこれで最後です。

c0061496_1533274.jpg☆7日目(9/20)☆
09:07 RE21059にてフュッセン発
10:58 ミュンヘン中央駅着
12:00 地下鉄等にて空港へ
15:30 UA8871便にてJFKへ
18:30 JFK着

ホーエンシュヴァンガウに2泊する日程にしたため、最終日は鉄道でフッセンへからミュンヘンに移動し、午後の便でNYに向けて出発という移動の1日となりました。あいにくこの日も天気が悪く、ホテルから見るノイシュヴァンシュタイン城は深い霧に包まれていました。またいつか、晴れた日に来るとしましょう…。

定刻通りミュンヘン中央駅に着いた私たちは、早速最後のひと仕事に取りかかりました。実はミュンヘン名物のホワイトソーセージを、まだ堪能していなかったのです…。


c0061496_15325674.jpg仔牛肉にハーブや香辛料をまぜて作ったホワイトソーセージWeisswurst(バイスブルスト)は、実は失敗の産物なのだそうです。新米のソーセージ職人がフランクフルトを作るつもりが、分量を間違えてしまい、出来たのがこのソーセージだったのだそうです。

痛みやすいソーセージだったため、昔は朝作った新鮮なものを午前中いっぱいで食べていたそうですが、現在は保存技術が進歩し、いつでも食べられるようになったそうです。(ただし伝統を重んじるレストランなどでは、未だに昼までしか出さないらしい。)ソーセージを包む薄い皮をむいて、ズューサーマスタードという甘いマスタードソースをつけて食べます。マスタードがあまったので家に持ち帰り、近所のスーパーで買ったソーセージにつけて食べてみましたが、美味でした♪



というわけで、名物のバイスブルトで満足したあとは、鉄道でミュンヘン空港まで移動し、その日の夕方NYに戻ってきました。新婚旅行なのに毎日移動移動の忙しい旅になってしまいましたが、ロマンチック街道の美しい町並みとオクトーバーフェスト、そしておいしいソーセージとビールをたっぷり堪能した1週間でした。またいつか、今度はもう少しあたたかい季節にゆっくり旅してみたいものです。
by ny-cafe | 2005-10-18 06:32 | Travel☆Travel
ドイツ旅行記 Vol.10
1週間以上降り続いた雨がようやくおさまり、今日は久々に青空が見えました!まだまだ洪水のため通行止めになってる場所や、木が倒れている場所もありますが、久々に見た太陽と青空がとてもうれしい1日でした。当分このお天気が続くと良いのですが…。

さてさて、ドイツ旅行の続きです。
c0061496_13391490.jpg☆6日目(9/19)☆
09:00 チケット購入
10:20 ノイシュヴァンシュタイン城見学
12:00 ランチ&休憩
14:20 ホーエンシュヴァンガウ城見学
16:00 シュヴァンガウ散策
19:00 夕食

ノイシュヴァンシュタイン城の見学を終えた私たちは、一旦バスでふもとの村に戻り、ランチをとることにしました。ふたつの城を有するシュヴァンガウの村は年間200万人もの旅行者が訪れる世界屈指の観光地ですが、人口はわずか3,700人ほどしかないそうです。シュヴァンガウの村でも、特に高地にあるエリアをホーエンシュヴァンガウと呼ぶようですが、チケットセンターの辺りはホテルやレストラン、土産物屋が数軒あるだけで、ひっきりなしに大型の観光バスが行き来するものの、とても静かな場所でした。

c0061496_1305493.jpg食事を済ませひと通り町を歩いてみたものの、小さな村のこと、ホーエンシュヴァンガウ城の見学までたっぷり時間があります。そこで一旦ホテルに戻りひと休みすることにしましたが、あろうことか1時間近く眠ってしまい、気づいたときにはツアー時間の10分前!大慌てでお城へと向かう派目になりました。左の写真、白い建物(イエガーハウス)のあたりから、丘の上の城までダッシュしたのだから本当にきつかったです。途中年配の旅行者に「元気があって良いねぇ」などと声をかけられましたが、答える余裕もありませんでした…。

c0061496_13371941.jpgルードリッヒ2世が幼少時代をすごしたホーエンシュヴァンガウ城は、もともとシュヴァンガウの騎士の居城として12世紀に建てられました。しかし16世紀にヴォルフ家が断絶すると城は閉鎖され、長い間荒廃にさらされていました。この城の運命が変わったのは1832年のことです。ルードリッヒ2世の父で、当時皇太子だったマクシミリアン2世が城を買い取り、5年の歳月をかけてネオゴシック様式に改築したのです。


c0061496_11481247.jpg城の内部はマクシミリアン2世が改築した当時の姿のままでほとんど残っているそうですが、王の死後、夜を好んだルードリッヒ2世は寝室の天井に星を描いたそうです。幼少期を母と弟と過ごし、晩年はノイシュヴァンシュタイン城の出来る様子を眺めながら暮らしたホーエンシュヴァンガウ城は、ノイシュヴァンシュタイン城のような派手さはありませんが、生活感の残る豪華な城でした。

なお、シュヴァンガウとは「白鳥の里」という意味でを持つそうですが、この辺りは「ローエングリン」でも有名な白鳥伝説ゆかりの地なのだそうで、城内では白鳥のモチーフが随所に用いられ、マクシミリアン2世の中世騎士道への傾倒ぶりがうかがえるそうです。多感な幼少期をこの城で過ごしたルードリッヒ2世が、ワーグナーに心酔し、夢の世界を求めた遠因をここに求める研究者も多いようです。


c0061496_11482323.jpgちなみにお城の見学はツアーのみ可能です。日本語ツアーに参加しましたが、入場時にヘッドフォンを渡され、部屋ごとに日本語ガイドを聞きながら進んでいきました。

チケットはノイシュヴァンシュタイン城のツアーと同様、ホテルミュラー隣のチケットセンターかインターネットで購入します。2つの城を見学する共通チケットもありますが、ホーエンシュヴァンガウ城→ノイシュヴァンシュタイン城の順に見学しなければならないため、今回は別々にチケットを買いました。夏場のチケットセンターはかなり混雑するようですが、朝早く出かけたせいもありガラガラでした。

この日はロープウェイに乗ってテーゲルベルク山へ向かう予定でしたが、天気が悪いので断念し、散歩がてらクーアハウスまで歩いてみました。


c0061496_11492185.jpgc0061496_11491041.jpg


c0061496_11493665.jpg上の写真はクーアハウス近く、Fussen Strasseを横に入ったあたりの家々の様子です。どこもきれいに花が飾られ、見ていてとても楽しかったです。もしかしたら宿泊施設かもしれませんが、看板などは見当たりませんでした…。

左の写真はクーアハウスのカフェで食べたケーキです。大き目のケーキ2つとコーヒー&紅茶をお願いし、値段は10ユーロちょっとでした。ここはおいしい上に値段も良心的♪時間がなくて、ディナーが食べられなかったのが心残りです。



なお、ホーエンシュヴァンガウでは、シュロスホテルリースルに2泊しました。
c0061496_11483392.jpg



c0061496_15464885.jpg上の写真は、宿泊したリースルの部屋からの眺めです。3階のノイシュヴァンシュタイン城側の部屋だったため、こんな景色を見ることが出来ました。

左はノイシュヴァンシュタイン城行きのバス停方面から撮影したもの(ホテルのHP から拝借)ですが、右の建物がリースル、左がイエガーハウスで、真ん中の山の中腹にノイシュヴァンシュタイン城が見えます。


c0061496_1621516.jpg一方こちらは、リースルの向かいにあるイエガーハウスを、上の写真とは反対方向から撮影したものです(こちらも拝借)。

イエガーハウスは、ウィステルバッハ家が狩に招待した賓客をもてなすために使った狩の館をホテルとしたもので、リースルとは同経営(もちろんイエガーハウスの方が格上)で、ほとんどの部屋からどちらかのお城が見えるそうです。


c0061496_11523570.jpg私たちが泊まった部屋は、バスルームにもベッドの上にも屋根の傾斜がある少々使いにくい部屋でしたが、それを帳消しにしてもお釣りのくる贅沢な眺めがありました。ライトアップされた夜のお城も、雰囲気がありました。

ホテルやお城の位置は、ホーエンシュヴァンガウの地図を参考にしてください。牧草地帯から眺めるノイシュヴァンシュタイン城も、緑に映えてとてもきれいでした。
by ny-cafe | 2005-10-16 11:57 | Travel☆Travel
ドイツ旅行記 Vol.9
ロングアイランドは先週からひどいお天気で、1週間雨ばかり降っていました。金曜日から土曜日変わった今、ようやく雨はおさまりましたが、昨日はあちこちで水があふれ、中にはバンパーが埋まるほど水が溜まり、通行止めになったり、迂回のために大渋滞となっているところもありました。このお天気で一気に気温も下がり、木々の色も少しづつ変わっています。もっとも美しいとも言われるNYの秋、寒く長い冬の前に、少しでも堪能したいものです…。

さてさて、懲りもせずドイツ旅行記です。

c0061496_15264664.jpg☆6日目(9/19)☆
09:00 チケット購入
10:20 ノイシュヴァンシュタイン城見学
12:00 ランチ&休憩
14:20 ホーエンシュヴァンガウ城見学
16:00 シュヴァンガウ散策
19:00 夕食

今日は最終目的地、ホーエンシュヴァンガウについてです。ここを訪れた目的はもちろん、ノイシュヴァンシュタイン城の見学です。ロマンチック街道のクライマックスを飾る白亜の城は、四季折々の景色と調和した美しい建物です。バイエルン王ルートリッヒ2世の夢の城とも言われ、中世騎士の城をイメージして建てられました。1869年9月5日に始まった城の建設は、王の死により中止され、2/3が未完のまま現在に至るそうです。



マクシミリアン2世とプロイセン王女マリアとの間に生まれたルードリッヒ2世は、1864年3月、19歳の若さで第4代バイエルン国王に就任します。当時のバイエルン王国を取り巻く情勢は非常に緊張しており、後に鉄血宰相と呼ばれるビスマルクのもと、プロイセン王国がドイツ統一を成し遂げようと画策していました。そして1866年、ついにプロイセンとオーストリアの間で戦いが始まると、オーストリア側についたバイエルンはわずか7週間で完敗し、多額の賠償金を要求され、ドイツ帝国の一都市と転落したのでした。

情熱的だった若き指導者は次第に政治に絶望したのでしょうか、城や宮殿の建築にのめりこむようになり、ノイシュヴァンシュタイン城、リンダーホフ宮殿、ヘレン・キムゼー宮殿をはじめ、壮大な城の建築を次々と計画していきます。

築城にかかる費用は、王のお手元金や王室財政から出されバイエルンの国庫とは別だったとか、王室公債などを乱発して借金を積み重ねたとか、諸説あって正確なことはわかりませんが、いずれにしても王の膨れ上がる借金や振る舞いに危機感をおぼえた首相ルッツらがルートリッヒ2世の心理テストを行い、その結果精神的に王として不適格とされた王は、1886年6月12日にベルク城に軟禁され、翌日シュタルンベルク湖畔を散歩中に謎の死を遂げたのでした。(心理テストの結果は、信頼性の乏しい証言や観察を元に診断書が作成されたという説が有力なようです。)

城の設計については、いくつもあるデザイン画の中から宮廷劇場の舞台装置や美術を担当していた画家のクリスチャン・ヤンクの案が採用され、内部もビザンチンや後期ゴシック、ロマネスクといった王の愛した中世の建築様式が用いられています。また部屋を飾る絵画には、ローエングリンタンホイザートリスタンとイゾルテなど、王が心酔したワーグナーのオペラがモチーフになっているものがたくさんありるそうです。

玉座を後回しにして鍾乳洞を造るというほど王の趣味を優先して建てられたそうで、城の建築費は膨れ上がり、この城の建築のために6,180,047マルクが費やされたそうで、中でも最後の3年間は見積もりの60万マルクをはるかに超え、建設費は370万マルクにも及んだそうです。ちなみに当時のお給料は、左官:70マルク/月、教師:120マルク/月、上級官僚:500マルク/月だったそうで、この金額がどれほど大きなものか容易に推測できます。そして1886年、なんとか居住できる程度になった建築中の城にルードリッヒ2世は住み始めますが、王がこの城に滞在したのはわずか172日間だったそうです。


c0061496_15383175.jpg王の死後、工事は中断され、当初予定していたムーア人の間やゲストルームの内装、それに高さ90mの塔とその1階部分の礼拝堂、騎士の浴場などの建築は断念され、建築上の最低限のまとまりをつけて一般に公開されました。

王家がこの工事をできたのは、当時すでに十分な入場料の収入があったからだそうです。かつて王室の財政を破綻させたともいわれる城は、200年の時を経てた今も、バイエルン州のに大きな収入をもたらしているというのだから皮肉な話です。

ちなみに左の写真は楼門館からの眺めです(上の写真から見るとほぼ真裏にあたる)。当初建築される予定だった90mの塔は本丸(三角屋根の建物)の前にあり、現在は塔の姿が推測できるよう、建築予定だった場所に白い石が埋められています。


せっかくなのでいろんな角度からお城を見てみました。霧が出ているあいにくのお天気でしたが、それでも自然との調和を考慮して建てられた城だということがよくわかりました。

シュヴァンガウからの眺め
c0061496_15274767.jpg



マリエン橋からの眺め
c0061496_15262818.jpg




なお、世界中からやってくる旅行者を効率よく見学させるため、お城の見学は30分ほどのツアーのみで、残念ながら内部の写真撮影は禁止されています。まず4階の玄関ホールに入り、玉座の間、食堂、寝室、礼拝堂、人工的に造られた鍾乳洞などを見学し、その後王専用の階段で5階に移動して歌人の広間を見学します。最後は館内のショップを通って1階の台所を見て終了しますが、贅を尽くした装飾だけでなく、窓からは牧歌的で美しい風景を望むことが出来ます。

チケットはお城のふもとにあるホテルミュラー横のチケットブースか、インターネットで購入します。世界でも有数の観光地だけあり、英語、フランス語、スペイン語、ドイツ語、日本語、中国語など、ざまざまな言語によるツアーが用意され(正確には見学する部屋の中でそれぞれの言語のアナウンスが流れる仕組み)、5分刻みでそれぞれのツアーが出発していきます。


c0061496_15264683.jpgふもとからお城までのアクセス方法は、馬車、バス、徒歩の3つで、左写真、バス停近くのマリエン橋からの眺めは必見です。我が家は馬車でお城まで行き(手前で降りて坂道をのぼる)、見学後にマリエン橋に向かいましたが、上り坂がきつくて息が上がりました。坂を上るのがいやな方は、逆のルートの方がお勧めだと思います。
by ny-cafe | 2005-10-15 04:49 | Travel☆Travel