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President Day
金曜日の晩、旦那が西海岸から戻ってきました。今回はバレンタインのプレゼントも買ってきてくれました。「ハイ」と渡されたビニール袋の中に、ハート型のトレイとそれを入れる予定だった小さな袋が、値札付でバラバラに入ってるのがおかしかったです。アメリカではバレンタインは男性から女性に花を贈るのが一般的というのを、ずっと「嫁の陰謀」だと思っていた旦那なので、今回のお土産は上出来です(笑)。

さてさて、この週末はPresident Dayで3連休です。第16代大統領エイブラハム・リンカーンの誕生日を記念して1892年に休日として制定されたそうですが、初代大統領ジョージ・ワシントンの誕生日が2月だったことから、その後間を取って2月の第3月曜日が祝日となったそうです。というわけで、今日はアメリカの偉大な大統領の話です。


◆George Washington (1732.2.22生まれ)
在職期間:1789~1797年 (2,865日)
1732年2月22日、バージニア州の奴隷プランテーションを経営する家に生まれたジョージ・ワシントンは、独立戦争で総司令官として戦い、1787年の連邦憲法制定会議の議長を務めた後、大統領に選ばれます。選挙人の満場一致で選ばれた唯一の大統領で、合衆国の基礎を固めたことから「The farther of his country(建国の父)」と呼ばれているそうです。1797年3月に3選目を拒否して大統領を退任した後は、アメリカ陸軍少将として最高司令官に再び指名されます。間もなく急性喉頭炎になり、現役復帰することはできなかったそうですが、生涯陸軍元帥の地位にあったドワイト・D・アイゼンハワーを除き、大統領退任後に軍務に再就役した唯一の大統領なのだそうです。

ジョージ・ワシントンは誠実な人としても知られ、数々の逸話が残ります。中でも有名なのが「George Washington's axe(ワシントンの斧)」です。誕生日プレゼンに父からもらった斧で、父の大好きな庭のさくらんぼの木を切ってしまった幼いワシントンは、怒った父に「誰が切ったの」かと聞かれると、「私は嘘はつけません、私が切りました」と告白したそうです。息子の正直さを嬉しく思った父はワシントンを怒らなかったそうで、この話は「嘘をついてはいけない」という教訓として、今でも語られるそうです。実はこの話、ワシントンの死後に書かれた子供向けの作り話なのだそうですが、ワシントンの誕生日にはチェリーパイを食べる人が今でも少なくないそうです。

ワシントンは今でも多くのアメリカ人に慕われているようで、1ドル紙幣や25セントコインに肖像が使われているほか、ワシントンD.C.、ワシントン州はもちろん、地名や建物の名前など、彼の名前をとったものがたくさんあるそうです。


◆Abraham Lincoln(1809.2.12生まれ)
在職期間:1861~1865年(1,504日)
ケンタッキーの貧しい農家に生まれたリンカーンは、1832年、イリノイ州議会選挙で政治の経歴をスタートさせます。1834年にイリノイ州議会議員となり4期続けて選出されますが、当初は仕事も政治もそれほど順調とは行かなかったようです。

彼は1837年にイリノイ州で法曹界入りし、次第に弁護士としての実力を発揮していきます。1846年にはホイッグ党員として下院議員に選出されますが、任期が終了すると用意されていたオレゴン準州の総裁の職を断り、再び弁護士活動に戻ってしまいます。1850年代には運輸関係の訴訟で、特に力のある弁護士として有名だったようです。

その後リンカーンが再び政界に復帰したのは、1854年のことです。スティーブン・A・ダグラスの提案した「カンザス-ネブラスカ法」に反対し、1858年にはダグラスへの対立候補として、上院議員選挙に出馬します。この選挙はダグラスの勝利に終わったものの、北部民主党の大物ダグラスとの間で7回に渡って行われた奴隷制度をめぐる激しい論戦は、リンカーンの雄弁さを見事に証明しました。そして1860年の大統領選挙では共和党大統領候補に指名され、1860年11月6日、第16代アメリカ合衆国大統領に選出されたのでした。共和党員として始めての大統領だったそうです。

「奴隷制度は拡大させてはならない」と論じたリンカーンが当選したことにより、南部11州は選挙戦直後に連邦から脱退します。1860年12月にサウスカロライナ州が連邦から脱退を宣言すると、翌年2月までにミシシッピ州、フロリダ州、アラバマ州、ジョージア州、ルイジアナ州、テキサス州がこれに続き、2月には7州が参加したアメリカ連合国が設立されます。そして大統領就任から間もない4月12日、ついに南軍が連邦のサムター要塞を砲撃して戦いが始まり、さらにバージニア州、アーカンソー州、テネシー州、ノースカロライナ州が連合国に合流します。これが南北戦争の始まりです。

度重なる指揮官たちの失敗により戦況は始め北軍に不利でしたが、アンティータムの戦いでの勝利を機に好転し、1862年9月23日には「奴隷解放予備宣言」が、翌年1月1日には「奴隷解放宣言」が発表されます。そして1865年4月9日、リー将軍の降伏により62万人もの死者を出した内乱はようやく終結しますが、それからわずか5日後、リンカーンはワシントンD.C.のフォード劇場で、北軍のメリーランド州出身の俳優ジョン・ウィルクス・ブースに1.2mの至近距離から撃たれ、56年の生涯を閉じたのでした。


ちなみに、アメリカの歴史の中で最も有名なスピーチのひとつといわれる「ゲティスバーグ演説(Lincoln's Gettysburg Address)は、南北戦争で最も激しかった戦いのひとつ、ペンシルバニア州のゲティスバーグで1863年11月19日に行われたものです。「人民の、人民による、人民のための政治」という演説です。この演説は3分とも、2分半ともいわれる短いもので、カメラマンがリンカーンだとは気づいたときには演説が終わっていたため、歴史的に重要な瞬間(?)にもかかわらず、リンカーンの写真は存在しないそうです。

なお、Abe(エイブ)の愛称で親しまれ、奴隷解放の父とも言われるリンカーンは、ジョージ・ワシントンと並ぶ人気があるそうです。ワシントンD.C.にリンカーン記念館があるほか、5ドル紙幣や1セントコインには彼の肖像が採用されています。

また第32代アメリカ大統領ジョン・F・ケネディと数多くの共通点があることも知られているそうです。私もESLでプリントをもらいましたが、以前まこさんのブログでも紹介されていたので、詳しくは楽品生活のHistory Lessonでどうぞ。


c0061496_183991.jpgPresident Dayの本日から、2週間ほど日本に帰ります。
暴飲暴食により、日記の更新が滞る可能性が大ですが、お許しください(笑)。
by ny-cafe | 2006-02-18 21:18 | 祝日
Laday's Night!
木曜日の晩はSAKURA-MOCHIさんpechindaさんにお越しいただき、大雪のために延期となった「夕食&DVD鑑賞会」を開きました。今回のメニューはおでんとチキン、それにミモザサラダと炊き込みご飯です。先月Hマートで見つけたおでんセットがおいしかったので、同じものを買って楽チンメニューにしてみました。
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土鍋もカセットコンロもない我が家ではいささか雰囲気にかけますが、それでもやっぱり、冬は鍋ものに限りますね~!

夕食のあとは、SAKURA-MOCHIさんにお持ちいただいたDVDを見ることにしました。日本のお友達が送ってくれたという、レーベル付のDVDをたくさんお持ちいただきましたが、あまりシリアスなのはパスということで「電車男」を見ることにしました。

実は渡米直後の去年の冬、時差ぼけもなおさずダラダラと暮らしていたある晩、たまたま電車男のサイトに辿り着いてしまい、ひと晩かけて過去ログを読み漁ったことがあります。すでに電車男とエルメスはハッピーエンドを迎えた後でしたが、読み進んでいくうちに自分がPCの前で参加してる気分になり、気がついたら朝を迎えていました。

その後、春に出張者が小説を持ってきてくださり、秘かに映画も楽しみにしていたのですが、なかなか機会がなくて…。なので今回は念願がかないました(笑)。実際に見てみると、中谷美紀の美しさが「悪いお姉さん」に見えて仕方ない部分もあったのですが(共通意見…笑)、「おいおい」とか「それはないだろう」とか色々つっこみながら楽しく鑑賞させていただきました。ちなみにその後見た「ぷっすま」は、高橋克実の○○親父ぶりが笑えました。

翌日はおふたりとも仕事があるにもかかわらず、気がついたら2時過ぎまでしゃべり倒してしまいました。お気楽主婦の私は良いけど、おふたりはきつくなかったかちょっと心配です。ちなみにSAKURA-MOCHIさんは真夜中にお帰りになりましたが、pechindaさんは1泊していただくことになりました。「朝送りますよ~」などと私が無理やり引きとめたのですが、案の定目覚まし時計を止めて2度寝してしまい、出発予定時間の8:15に遠慮がちにドアをノックする音で飛び起きました…。もう平謝りです。pechindaさんごめんなさいね~(大汗)。でも本当に楽しい夜でした。第2回も楽しみにしてますね!



c0061496_932323.gif追記:ブログを始めて1年が経ちました。相変わらず読み返しては書き直しの連続ですが、3日坊主の私にしては良く続いたものです。これからも時々のぞいてやってくださいまし。
by ny-cafe | 2006-02-18 05:24 | 日々の出来事(in USA)
キルト教室&ランチタイム
c0061496_6125100.jpg先週から生涯学習のキルト教室がスタートしました。実は以前このブログでも書いた最初のキルトも、いまだキルティング作業が終わってないのですが、それは追々ということで、新たな作品にチャレンジしています。前回は赤と白だけだったので、今思えば布選びもそれほど大変ではありませんでしたが、今回は何色も使うので苦戦しています。私が明るめの布ばかり選んでしまうせいもあるのですが、今日も小さいピースで使う布が明るすぎたようで、先生に「他の方が良いかもね」と言われてしまいました。難しいです(涙)。

ちなみに今回のクラスは、私以外は全員1セッション先にスタートした人たちばかりで、なんだかとても色あわせの難しそうな大きな作品にチャレンジしてます。前回以上におしゃべりの多い楽しいクラスですが、クラスメイトはみんなとても優しそうです。相変わらず英語での世間話になると全くついていけないので、私は隅っこでひとりチクチク作業を進めていますが、4月までに少しでも仲良くなれるように頑張ってみようと思います。

c0061496_6351037.jpgそれから今日はキルトを早めに上がって、SAKURA-MOCHI1さんと奥さん友達といっしょに、タイ料理を食べに出かけてきました。家で作るカレーは未だ甘口と中辛を混ぜないと食べられないというお子様味覚の私ですが、アメリカのタイ料理はそれほど辛くないので大丈夫です。今日は久々にえびのグリーンカレーを頼んでみました。私には若干辛かったもの、美味でした。カレーとサラダのセットで$7弱。やっぱりランチはお得です♪おふたりとも、またランチしてくださいね~。
by ny-cafe | 2006-02-16 06:12 | チクチク針仕事
F1 2006
3月12日のバーレーンGPまで、あと3週間ちょっととなりました。2006年のチーム体制やマシンもおおかた発表され、開幕に向け、マシンの調整やさまざまな準備が進められていることでしょう。(未だドライバーを正式発表してないチームもあるけど…。)

日本にいたときは、ちょこちょこフォーミュラ日本を観に行きましたが、F1はどうも雲の上の世界というか、頑張れば全戦サーキットで観戦できるFポンと違い、あくまでTV観戦が中心となるので、いまいち入れ込むことができなかったのです。残念ながらNYに来てしまってからは、Fポンも遠いところの出来事になってしまい、いっときほどレース熱は高くはありませんが、今年はCanada GPという大きな目標ができたので、テンションをあげていこうと思います。

ちなみに去年に続き、私は今年もHondaを応援します。BARからHonda Racing F1とチーム名は変わりましたが、大好きなバトンが残留し、その上フェラーリからバリチェロが移籍したのだから応援しないわけにはいきません(笑)。まぁ、実際にはマシンのこともドライビングのことも全く詳しくないミーハーなので、目の前にフェラーリのマシンが止まっていたら間違いなくかじりついて写真を撮るでしょうし、万が一目の前にシューマッハが現れるようなことがあれば、間違いなくサインしてとお願いするでしょう。ただ昔から強いチームは何となく素直に応援できないひねくれもので、Honda Racing F1に落ち着くというわけです。

ちなみにF1にステップアップしたときから頑張って欲しいと思っていた佐藤琢磨は、今年はどうでもよくなりました。Honda Racing F1のシートを失い、今年はスーパー・アグリ・F1で走るのでしょうが、なんだか私的にすっきりしない感じが強いのです。

確かに2005年のシーズンは、琢磨にとって不運な出来事がたくさんありました。初戦のオーストラリアGPでは、横殴りの雨の中ハーフドライのタイヤでアタックさせられてクラッシュ。決勝では6台抜きしたにも関わらず、マシンの調子が悪くてタイムがあがらず、結局次のGPに備えてチームの判断でバトンのマシンともどもリタイヤしました。

2戦目のマレーシアでは高熱でドクターストップがかかり欠場、3戦目のバーレーンではマシンのトラブルでBARは2台ともリタイヤしています。4戦目のサンマリノではバトンが3位で表彰台に上がり、琢磨も5位入賞を果たしますが、バトンのマシンに重量違反があったため記録は抹消され、そのうえ第5戦スペインGPと6戦目のモナコが2台とも出場停止処分となってしまいました。

第7戦の欧州GPではスタート直後の多重クラッシュに巻き込まれながら12位と粘り、第8戦カナダでは予選時の琢磨のナイスアシストがバトンにシーズン初のPPをもたらしたともいわれ、琢磨自身も6位につけるなど、ようやくチーム全体に明るい兆しがみえました。しかし決勝ではブレーキが壊れて41周でリタイアし、そのまま悪夢の第9戦アメリカGPを迎えます。ミシュラン勢が欠場となったアメリカGP決勝、予選3位のバトンにとっても8位の琢磨にとっても、もったいない1戦となりました。

ついでなので後半戦も…。

気を取り直しての第10戦フランスGPでは、2列目スタートという絶好のポジションながら、琢磨はコースアウトで11位に終わります。一方予選8位のバトンは4位入賞を果たし、ここから最終戦までコツコツとポイントを稼いでいきます。

F3時代に活躍したイギリスでは不安定なマシンに苦労しつつ予選を8位とまとめるも、フォーメーションラップ中の操作ミスからエンジンがストップして、結局琢磨は16位に沈みます。予選3位のバトンも母国で表彰台に立つことはできませんでしたが、それでも5位入賞を果たし、次のドイツGPではフロントローからスタートし、シーズン初の表彰台(3位)にあがりました。一方琢磨はというと、予選は8位と可もなく不可もなくといったところですが、決勝では1周目にフィジケラと接触してピットイン。またしても12位と結果を出せずに終わります。

続く13戦のハンガリーGPでは、バトンは8番手、琢磨は10番手からのスタートとなりましたが、5位と8位でチェッカーを受け、13戦目にして初めて、琢磨は1ポイントを獲得することができました。しかしその後間もなく来季のバリチェロのシートが正式に発表され、「残りのレースで結果を出さなければシートはない」と言い渡されたトルコGPでは、計測終了後にマーク・ウェーバーの走行を妨害したと判定されて予選タイムが取り消しとなり、最後尾からのスタートとなった決勝では必死で9位まで追い上げるも、結局ノーポイントで終ってしまいました。13番スタートから5位入賞を果たしたバトンとは、またしても対照的な結果です。

そして2005年の不運さを象徴したのが、15戦イタリアGPかもしれません。予選5位の琢磨は序盤4番手をキープするものの、最初のピットインでガソリンを補給した際に給油量の計測器がダウン。ガス欠を恐れ次周で再びピットに戻って給油したため、満タンの重いマシンで走ることとなり、16位という不本意な結果でレースを終えることとなります。琢磨にとってはかわいそうなレースとなりました。

ちなみにこのレース、予選4位のバトンは8位と順位を落とすものの貴重な1ポイントを獲得し、こうしてシーズン終了を待たずしてバトンの残留が決まり、琢磨は2006年のBARのシートを失ったのでした。

その後のベルギーGP以降は、なんだか完全に悪者になりましたね…。16戦のベルギーGPでは14周目で前を走るシューマッハに追突して、道ずれリタイヤに追い込みます。シーズン終盤になんとしても得点を稼ぎたかったシューマッハは、レース終了後「彼が関わる事故はこれが初めてではない。どんな事故も不必要なものだが、今回の事故はいつにもまして不必要なものだった」と怒りをあらわにし、琢磨には次戦ブラジルGPの決勝順位10番手降格という厳しい処分が下されました。ちなみに散々すったもんだした末に残留が決定したバトンは、予選9位ながらこのレースでも3位入賞を果たしています。琢磨と同じように、チームのタイヤ選択のミスから一時は16位まで順位を落としたのに、そこから粘って表彰台にたったバトンはさすがです!

10グリッドダウンのペナルティのため予選は出走せず、19番グリッドからスタートした第17戦のブラジルGPでは、琢磨は10位でレースを終了。これまで結果を出してきた鈴鹿に、来季のシートへの望みをつなげます。そして迎えた日本GP、予選結果は5位と日本のファンの期待にも一応こたえる形となりましたが、決勝ではスタート直後にバリチェロと接触してピットイン。その後10周目のシケインでトゥルーリを強引に越そうとして再び接触してリタイヤに追い込むという後味の悪いレースをしてしまいます。「何を考えてるのかわからない」と痛烈に非難された琢磨には、またしても記録抹消という重い処分がかされたのでした。

ちなみに最終中国GPでは、スタート時のフライングでピットスルーのペナルティを受け、その後8位まで追い上げるものの35周目にマシンがストップ。前半の相次ぐ不運は仕方ないとしても、完走9回、入賞1回、ポイント1という、なんとも寂しいシーズンの幕が下りたというわけです。

あ~、長かった…。
ちなみに上の文章は、スポーツ紙などを読んで書いたものなので、細かい事情などはよくわかりません。間違ってたらごめんなさい。(特に琢磨ファンのみなさま…。)


別にね、そんなに佐藤琢磨が嫌いなわけではないんです。イギリスF3で優勝し、マカオで前年の雪辱を果たしてF1にステップアップした琢磨は、やっぱりすごいと思いましたもの。1度だけとはいえ表彰台にも上ったし、フロントロー、2列目からのスタートも何度も経験し、それまでの日本人F1ドライバーと比べても、才能あるドライバーだと未だに思ってますもの。

でもね、1レース走らせるのに驚くほどお金のかかるF1で、チームメイトのバトンは後半10レースで36ポイントを稼いでいるのに、1ポイントだけというのは致命的だと思います。しかも度々ミスしたりマシンを壊したり、チームは仕方ないとしても、優勝かけて戦ってる他のチームやドライバーには迷惑だと思うんです。Fポンだって、いっとき脇坂が恐ろしいくらいフライングしまくって監督の亜久里を怒らせたことがあったし、わけのわからないクラッシュばっかりで見てられない時期もありました。でもね…、そもそもFポンとF1じゃ、まったく舞台が違うわけで…。

それこそマナーのあるドライバーたちが走ってるから、みんなクレイジーなスピードで突っ込んでいけるわけで、琢磨のクラッシュは非難されても仕方ないことだと思います。そんなわけで、私的にはトゥルーリの「トラックに危険なドライバーがいるようだ。数年間、彼は多くの問題を引き起こしており、僕らはこれを止めさせなければならない」という発言の通り、2006年の琢磨のシートは失われるものと思っていました。

わずか1ポイントという得点と、2度の危険なドライブに対する処分(他に予選記録抹消1回)、色んな事情や思惑があるとはいえ、これですんなりシートが確保できたらそれはそれでなんだか馬鹿馬鹿しくなっちゃう気がするし、個人的にはじゃぁ日本で頑張ってる本山とかも乗せてあげてよなんて思ってしまうのですが、実際には琢磨を乗せることのを前提にしたスーパーアグリF1というチームが突然できあがり、ドライバーの正式発表はされていないもの認証までされてしまいました。

まぁ、承認されてしまった以上琢磨には頑張ってもらいたいと思うのですが、日本人だからという理由だけで今年は応援する気にはなりません。(去年のル・マンのチーム童夢は荒聖治ファンなもので別…笑。)そもそもオリンピックとかサッカーのワールドカップと違って予選会があるわけじゃないし、日本人を応援したいという気持ちは私にだってもちろんありますが、それでも限られたマシンしか参戦できないレースに、なんで日本人による日本人のためのチームが必要なのか正直よくわかりません。マスコミが「琢磨琢磨」と担ぎ上げるのもかなり腹がたつし…(特にフジTVF1中継)。

そんなわけで、ひねくれものの私は今のところスーパー・アグリ・F1&佐藤琢磨の動向はどっちでも良く(ミーハーなので来年は「やっぱり琢磨よね!」とかいってる可能性はあるけど)、むしろ先日フェラーリのマシンをテストドライブしたロッシの動向の方が気になって気になって仕方がなかったりします。将来ロッシがフェラーリでF1参戦したら、私は素直にフェラーリを応援するんだけどなぁ(笑)。

いずれにしてもF1開催まであとわずか。モントリオールはまだ遠いままです(涙)。


勇気をもってアップしてみました(笑)。
色々ご意見はあるでしょうが、きついコメントはご容赦くださいませ(笑)。
by ny-cafe | 2006-02-15 10:57 | 日々の出来事(in USA)
トリノオリンピック2006&シドニーの花嫁
金曜日に始まったトリノオリンピック、旦那が出張中ということもありダラダラと見ています。NYとトリノ時差は+6時間なので、もしかしたら日中に中継があるかもしれませんが、私が見るのはもっぱら深夜の再放送ばかりです。いまいちどこで何を放送してるのかわからず、気がつけば深夜の再放送(基本的にはアメリカ選手のおいしいところだけ編集してある)をダラダラと見ているというわけです。

ちなみに今夜はスノボの女子ハーフパイプとフィギュアの混合ペアを中心に、何度も同じ映像が流れています。昨日は、なんだったかなぁ…。とりあえず日中のニュースでは、スノボ男子ハーフパイプでゴールドメダルを獲得したショーン・ホワイトが出ずっぱりでした。ちょうど先週他の番組で彼を見ていたので、こんなに強かったのかと驚いてしまいました。ちなみにニックネームは「Frying Tomato」だそうです。

それにしても、フィギュアの混合ペアはドラマがありましたね…。2位の張丹と張昊ペアは、競技開始直後にものすごい勢いで転倒したまま動かなかったのでどうなるかと思いましたが、最後まで良く滑りましたね。何度も同じ映像を見てるくせに、同じシーンで泣いてしまいました。それにしても中国が2、3、4位を占めたのにはびっくりしてしまいました。いつの間にこんなに強くなっていたのでしょうね…。

気がつけばモーグルも終了し、清水や加藤の出番も終わってしまったのですね。なんだか周回遅れでTVをみてるので、今日はYahoo!!でもチェックしてみようと思います。



c0061496_19353811.gifそれから今日はValentain's Dayです。Kanitaさんにとっては、忘れられない1日ですね。
シドニーの花嫁に、たくさんの幸せが舞い降りますように!
by ny-cafe | 2006-02-14 19:22 | 日々の出来事(in USA)
小学校で日本を紹介する
c0061496_18203782.jpg先週の水曜日、近所の小学校で日本について話をしてきました。チューターのおばあちゃまに問答無用な雰囲気で「お願いね」と言われて以来、空いてる時間は全て準備に費やしたといっても過言でなく、家の中は荒れ放題、食事はいつも以上に手抜き、極め付きは朝まで作業をして夕方に限りなく近い昼に起きるという生活に戻ってしまいましたが(汗)、その分貴重な経験をすることができました。チューターのおばあちゃまの、勇気あるお誘いに感謝ですね!

それにしても金曜からの5日間は、久々の緊張&プレッシャーの連続でした。英語をしゃべるのは苦手だし、そもそも何を話せばよいやら…。日本で先生をしている友人から「おとなしく説明を聞くのは15分くらい」と教えてもらったので、できるだけ写真やものを見せることにし(要は極力しゃべらない)、準備を進めました。

とりあえず何を話すかは後で考えることにして、日本から持ってきた雑誌を片っ端からめくって、東京の写真や着物の写真、それに温泉や料理、家の様子など、とにかく使えそうなページに付箋を貼って、そのあとで文章を組みたてることにしました。

普段の私ならいったん日本語で文章を考えてから英文をつくるのですが、私の英語力といったら「今日は晴れています。空がきれいです。」程度のお粗末さです。当然すでにあるものをつなぎ合わせた方が効率が良いので、早速日本から持ってきた「英文レターの書き方」をパラパラ開いたのですが、すぐに無理があることが判明しました。手紙用の文例集なのでとても追いつかないのです。ハテハテどうしたものかと思ってるところに、SAKURA-MOCHIさんから「まこさんに相談してみては」というコメントを頂き、さらにまこさんから「本貸しますよ~」という助け舟が出ました。

ありがたいお申し出でしたが、今回はまこさんのお宅まで行く心の余裕さえなかったので、「日本文化を紹介してるサイトをお知らせしますよ」というアドバイスを参考にしてネットをいじりまくってみたところ、いくつかお助けサイトを見つけることができました。

昔から自分で文章を組み立てるのは苦手でしたが、あちこちから引っ張ってきたものをつなぎ合わせるのは得意でした(笑)。カット&ペーストを繰り返して、まずは原稿のもとをつくりました。この段階ではある部分はものすごく専門的で、文章レベルにもバラつきがありましたが、あまり難しいと私が読めないので(涙)、旦那に助けてもらいながら超簡単な文章に書き直し、さらに火曜日のESLで先生に無理やり添削をお願いしました。

ついでに雑誌では足りない写真がいくつかあったのでWEB上で探しだし、当日は雑誌の切抜きや私の着物の写真(七五三や成人式、卒業式、結婚式など)とあわせて、パソコンでも写真を見せることにしました。

頭の痛い発音については急激にうまくなるわけがないので、チューターや学校の先生がフォローしてくれるだろうと思って割り切りましたが、それすら聞き取ってもらえないとまずいので、火曜日の夜中に時計を図りながら読む練習をし、さらに写真を見せるタイミングも考慮しながら10回くらいシュミレーションをして本番に臨みました(笑)。


「大げさな~」とお思いの方もいらっしゃるでしょうが、実は私、人相からは想像しにくいのですが結構な「あがり症」なので、こうでもしないと本番に臨めないのです(汗)。ちなみにどれくらい上がり症かというと、大勢の人の前に出ると体中から悪い汗が出始め、そのうち手と唇がふるえ、テンションがあがれば乗り切れるのですが、反応が冷ややかだったりすると間もなくプッツリと思考回路が切断されます。

幸いこれまでの人生ではそれほど人前に立つ機会なかったのですが、それでも教育実習や添乗などどうしても人前で話さなければならない場面があり、そういう時は最悪の事態に備えてかなり入念に下準備をしました。具体的に何をしたかというと、「台本」を作るのです(笑)。それこそ、「おはようございます」とか「ところで皆さん」とか、「ハイ ○○クン」など、とにかく万が一頭が真っ白になっても、これさえあればリカバリーできるいう台本を必死で作るのです(笑)。

ちなみに突然の自己紹介も苦手で、自分の番が来るまで必死で頭の中で文章を考えるために前の人の名前はほとんど覚えることができず、自分よりあとの人の名前は「あんなこと言ううじゃなかった」という後悔から、これまたほとんど覚えることができません(笑)。


そんなわけで、今回は特に英語ということでいつも以上に必死で台本を作り、火曜日の夜は何度も何度も入念にシュミレーションをしていったのですが、実際の授業ではやっぱりというか、台本どおりには進みませんでしたね(笑)。

2クラス合同の授業で40人以上の子供がいたこともあり、ノートPCを固定して画像を見せることができなかったのが、まず最初の敗因です。他の学校についてはわかりませんが、今回お邪魔した教室には教壇も先生の机もなく、そのためPCを高い位置に固定できなかったのです(涙)。そこで写真が必要なときは、その都度先生や先輩奥様に机の間を歩きながら見せていただいたのですが、すっかりひとりパニックになり、写真も説明もところどころカットしてしました。

それでも大方支障はなかったのですが、着物の話だけは説明が足りなかったと深く反省してます。先に写真を見せてしまい、なんとなく収集がつかなかったので説明を終わりにし、そのままリボンを刺すだけの出来合いの帯で浴衣を着せてしまったのです。これじゃぁ帯=簡単にさすものと思われても仕方ないよなぁ…。芸術的な帯の美しさあっての着物なのにと、心配しています。

おまけに前の晩に旦那で浴衣を着せる練習をした際にパツパツの浴衣姿になってしまい、もし先生の体が大きかったら自分で着るのを見せるように変更しようと決めていたのに、うっかり175cmはある旦那より大きな先生に着せてしまいました…。おはしよりはなくなるし帯もギリギリで、なんだか間違った着物の着方になってしまいました。反省です。でもまぁ先生方の間髪ないフォローによって一応話は伝わったようだし、写真も興味深そうに見てくれたので、準備した甲斐はあったかなぁと思っています。


ちなみに授業の内容はというと、最初に先輩奥様が日本の学校について説明し、私が日本の生活について話をしました。どんなことを話したかというと、まずは自己紹介ついでに日本では「漢字」と「ひらがな」と「カタカナ」があるというのを自分の名前を使って見せ、ついでに漢字には同じ文字でも読み方がたくさんあるというのを説明しました。一番前の子の名前をカタカナで書いて、時間が余ったら子供たちの名前をカタカナで書いて逃げ切ろうという布石にしましたが、この目論見は見事に失敗しました(笑)。

その後「私は東京に住んでいました」たという話からつなげて、東京タワー周辺のの写真を見せ、「東京にはどれくらい人口がいると思う?」と質問してみましたが、すでに授業で調べたらしく「10 millions」という答えが返ってきました。東京都庁のHPには12.29 millionsとありましたが、折角答えてくれたので「その通り!more than 10 millions」なんてごまかしたついでに、日本の人口の10%が東京に住んでると付け加えました。

それから住宅事情について話しましたが、これもちょっとばかしごまかしました。「東京は一戸建てもあるけどマンションやアパートに住んでる人も多い、マンハッタンと同じね~」などと話ながら、ちゃっかり郊外の庭付き一軒家の写真を見せました(笑)。ついでに家の中については、「家族ごとにスタイルが違うものの最近はこういうスタイルが多い」ということで、ソファーやダイニングテーブルのある部屋の写真を見せ、それから伝統的な日本家屋の写真を見せながら「こういう家は少なくなってる」という話をしました。

その後は和室の写真を見せなながら、最近はベッドを使う人が多いけど私が子供の頃は和室に布団を敷いて寝るのが一般的で、「直接床に座ったり畳で寝たりする文化があるから日本では家の中では靴を脱ぐんだ」とまとめました。

家についてはもうひとつ、日本のお風呂はバスタブとシャワースペースが分かれているという話をし、日本人は毎日お風呂に入るという話をしましたが、温泉の話をしたついでについつい男性5人がにこやかに笑いながら露天風呂に浸かる写真をみせたら、けっこうな勢いで引かれました。

でもって最後は洋服について話を移し、ここでも最初に明治時代に外国の影響を受けたために今は洋服で生活し、着物は結婚式やお茶会などの特別な機会でないと着ないという説明をしました。先輩奥様が浴衣を着てきてくださったので、「昔はお風呂上りに着ていたが今では夏のお祭りで着るくらいだ」と説明しました。本当はそのあと着物にはいろんな種類があって、帯はどうだらこうたら~とつなげる予定でしたが、フライングで白無垢や黒引き、それに私の小さい頃の着物の写真を見せたら収集が着かない感じになってしまい、そのまま先輩奥様の持ってきてくださった浴衣を子供に着せ、ついでに私が持参した浴衣を先生にも着せてみたというわけです。

その後は時間があったので、先輩奥様が「子供たちの名前を日本語で書きましょうか」と聞いてくれたのですが、「人数が多いから」ということで却下され、これまた先輩奥様が用意してくれた折り紙を配って全員でで風船を作りました。折り紙はほとんどが初めてらしく苦戦していましたが、空気を入れて風船が膨らむととても嬉しそうでした。

ちなみに最後に恐怖の質問タイムがありましたが、私の英語力ではとても太刀打ちできないので、全部先輩奥様に答えてもらってしまいました。(本当にすみません&ありがとうございました!)質問内容はほとんど忘れてしまいましたが、「日本人はたくさん働くの?」というような質問があり、先輩奥様が「日本ではお父さんの帰りが遅いので朝と週末しか一緒に過ごせない子供も多い」という話をしたら驚いてました。間髪いれずに先生が「お父さんと毎晩遊ぶ人は手を上げて?」と聞いたところ、ほとんどの子供が手を上げていました。日本もそうなると良いのですが…。

というわけでなんとか無事授業は終わり、最後は子供たちから「ありがとう」の言葉と小さな鉢植えのプレゼントををもらって帰ってきました。日本のことを少しでも知ってもらえると思うと、やっぱり嬉しいですね。子供たちに質問されてもきちんと答えられないのがとても歯がゆかったのですが、それでも楽しい時間を過ごすことができました。英語の勉強、もうちょっと頑張ろうと思います…。


追記:アメリカの子供は落ち着きがないイメージがありましたが、今日お邪魔したクラスは先生が「ハイ聞きましょう」と言うとちゃんと静かになったし、折り紙を手伝ってあげるとスマイル付で「ありがとう」と言って、みんなお行儀が良くて感心してしまいました。

それから準備をするにあたり、参考にしたサイトをいくつかあげておきますね!
Kids Web Japan
Japan national Tourist Organization
このほかWikipediaと京都庁のHPも、日本語&英語の表記があったので参考になりました。
by ny-cafe | 2006-02-13 11:47 | アメリカ生活
雪かき
度々雪の話です。朝起きたら、銀世界になっていました。下の写真ではわかりにくいのですが、朝の10時の時点で25cmくらいは積もり、これからまだ4~5時間降り続けるといっていました。ちなみに天気予報は相変わらずHeavy Snow/Windyで、さらに6~10インチ積もるそうです。

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c0061496_15514.jpg玄関ポーチのない我が家は、昨年ひと晩で50cmくらい雪が積った際ドアが開かなくなり、ガレージから玄関まで雪かきする羽目にになったため、まずは玄関の雪かきをし、ついでに道路からの通り道も雪かきしてみました。40分くらいかけてようやく道路まで辿り着いたのに…、振り向いたらまたしても真っ白になってました(涙)。

お昼の12時現在、大粒の雪がまだまだ降り続いています。夜中には何度か除雪車も入っていたようですがさすがに追いつかないのか、住宅街の我が家の周辺はここ数時間除雪車が入らず、道路にたっぷり雪が積もっています。この雪、本当に数時間で止むのかしら…。今日はSAKURA-MOCHIさんpechindaさんが遊びに来てくれる予定でしたが、これではとても無理です。何で今年1番の大雪が今日降るかなぁ…。
あ~、もう最悪だ!!


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追記:12時半から2度目の雪かきを決行しました。玄関を開けたらふわふわのパウダースノーが10cmくらい積もっていて、大慌てでもう1度道路まで雪かきしました。1回目のぎゅっと詰まった雪とは違い、軽くて雪かきもしやすいのですが、このままだと2時間に1回は雪かきしないといけない感じです。

ちなみに2度目の雪かきがほぼ終わろうとした頃、雪かきのバイト少年がスノーバギーに乗ってやってきました。「雪かきするよ~」って、もう大方終わっちゃったよ!!あと2時間早く来~い!!
by ny-cafe | 2006-02-13 01:24 | アメリカ生活
Olde BROOKLYN
あてにならない天気予報が今回は当たりそうな気配なので、観念して夕方から食料調達に出かけ、ついでにお気に入りのPaneraでスープ&サラダを食べてきました。最近気がつくとここのFrench Onionを飲んでいます。

寒くて1日中ブラインドを下げたまま過ごしたので(光だけ入る状態)、いったいいつ頃雪になったのかはわかりませんが、夜の7時に外に出た時には、車にうっすら雪が積もってました。天気予報では明日の朝までに10~15インチの積雪と言っています。1インチ=2.54cmだから、25~30cmは積もるのでしょうね。電話先で「短パン忘れた~!!」と言っていた旦那を恨めしく思いながら、明日は頑張って雪かきしようと思います。


それにしても近所のスーパーに行ったら、空になった棚がいくつかあって笑ってしまいました。みんな家にこもる準備をしたのでしょうね(笑)。私は雪を溶かす粒を買うつもりがうまく見つけられず(そもそもスーパーで売ってるのかは定かでないけど)、せっかくなので今日はゆっくりスーパーを歩き回ることにしました。野菜やお肉はストックがあるのでパスし、まずは普段コスコでまとめ買いするために行くことのないBeberageエリアへ行き、大好きだけど4本$5なのでこれまた滅多に買わないスターバックスのフラペチーノを早々とかごに入れてみました(笑)。ついでにパッケージに引かれたOlde BROOKLYNと、アイスクリームと種なしぶどうも買ってみました。

ちなみに下の写真がOlde BROOKLYNです。ラインナップはBirch Beer、Root Beer、Cream Soda、Orange soda、 Black Cherry Soda、Ginger Aleの6種類です。Black Cherry Sodaを買ってみましたが、結構きつい色です。おいしいかどうかは、近いうちに確かめてみます。c0061496_11221489.gifc0061496_11222514.gif
by ny-cafe | 2006-02-12 11:02 | 日々の出来事(in USA)
天気予報はHeavy Snow
c0061496_19242289.gif日本はこの冬とても寒いそうですが、ロングアイランドはとても暖かいです。1月は雪かきの必要もほとんどなく、たまに寒い日があると「今日は寒いですね~」なんて会話が出てしまうくらい暖かかったです。(ちなみに普段は「今日は暖かいですね~」が会話に上る。)

去年の冬も例年に比べえると暖かかったそうですが、それでもスーパーの駐車場からお店の中までのわずか20歩ほどで、「ジーンズが凍る!!歯が凍る!!!!」という経験は何度となくしたし、スカートをはいて出かけるなんてありえない!!という感じで、間違いなくこれまでの○十数年間で一番寒い冬でした。

今年は12月の上旬は寒かったのですが、その後は普通にスカートもはけるし、晴れてる日は車の中にダウンジャケットを置いてスーパーに入ろうとする心の余裕さえ生まれます。まぁ、暖かい暖かいとはいえ、朝夕に車を運転するときはハンドルが握れないほど冷えてるし(手袋をはめて運転する)、セントラルヒーティングが止ったら凍死しますけどね…。


そんなわけで、すっかり雪かきグッズも出番のなくなった今年のNYですが、久しぶりに週末の天気予報が雪マークになってます。土曜日の夜から日曜にかけて雪が降るそうで、いつものWetherチャンネルはここ数日「土曜日は雪だ~」とはしゃぎまくってます。

この天気予報の優秀さは何度となく書きましたが、12月にも「今夜は大雪だ!!」なんて散々はしゃぎまくったのに、夜7時くらいになったら突然「夜中に小雪が降る♪」に変わり、結局はうっすらと、それこそ芝生が申し訳ない程度にほんの少し白くなっただけで終わってました。週間天気予報なんてもはや無謀としか思えない外しかたをするのであまりあてにはならないのですが、今回は他のチャンネルでも「Heavy Snow」なんて言ってるから恐ろしいです。この週末はSAKURA-MOCHIさんpechindaさんが遊びに来てくれる予定なので、うまく予報が外れてくれると良いのですが…。


・・・。
この文章を打ちながらもうひとつ、大事なことを思い出しました。


我が家の雪かきは誰がする???


旦那は朝の4時半、春秋もののジャケットを持って西海岸へ出張しました…。


去年ひと晩で50cm以上の大雪になった日は、玄関ポーチのない我が家は中からドアを開けることができず、ガレージから玄関まで雪かきしてなんとか脱出しました。雪かきっていったてもちろん庭全部をするわけではなく、道路から玄関のドアまでと車を出す分、それに車から玄関までだけですが、それですら2時間かかってました。考えるだけで腰と頭が痛くなりそうです。

とりあえず雪かきシャベルは玄関に置いてあるけど、雪を溶かす粒はあるのかしら…。今日は雪が降る前に、食料と雪かきグッズを買ってきます(涙)。

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いよいよトリノオリンピックが開幕しましたね!開会式の日本の紹介では「スケートとスキーにメダルの可能性があるけど、一番優勝に近い浅田真央は若すぎるからここにいない」というような紹介をされてました。頑張れニッポン!
by ny-cafe | 2006-02-11 19:24 | アメリカ生活
ちょっとお休み
細かいことはわかりませんが、NYにはチューター制度という、ボランティアの英会話制度があります。私も去年の夏から週に1度、図書館で1対4のレッスンを受けていますが、今日は先生役のおばあちゃまから、娘さんの学校で日本文化について紹介して欲しいと言われました。

これまた詳しいことはわからないのですが、この辺りの小学校では、3年生になると日本について勉強する時間が何時間かあるようで、普段は穏やかなおばあちゃまの並々ならぬ迫力に負けたこともあり、先輩奥様と受けることにしました。

やばいです…。
正直言ってかなり不安です。

相手の豊かな想像力があってこそ成り立つ私のインチキ英会話、いくらチューターの先生がサポートしてくれるとはいえ、相手は小学校3年生です。なんだかもってのほか…、という気もするのですが、いつもお世話になってるおばあちゃまの頼みとあっては断れないし、折角日本に興味を持ってもらうチャンスでもあるので、頑張ってなるべくしゃべらないようにすむよう準備しようと思います。


というわけで、今週はChinese New Yearのパレードに行こうと思っていましたが、多分お預けですね。幸い日本にいたとき買いだめした雑誌を、スクラップしてから捨てようと思ってたくさん持ってきているので、それで簡単なパネルを作ろうと思います。


c0061496_1331343.gifというわけで、1週間ほどブログの更新をお休みします。
皆様インフルエンザには十分気をつけて、良い週末をお過ごしください…。
by ny-cafe | 2006-02-04 13:18 | 日々の出来事(in USA)