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久々の連休!
先週、今週とお出かけ日記をアップしてましたが、最後の国連を仕上げる前に時間切れになってしまいました。我が家は明日から夏の旅行に出かけます。今回の行き先はYellowstone&Grand Tetonです。去年のグランド・サークル旅行があまりに印象的だったので、今年も国立公園を目指すことにしました。(National Park Passの期限も残ってるし♪)

6月下旬に手配したので、宿泊施設は希望通りとはいきませんでしたが、それでも国立公園内のホテルを何とか確保することができました。花の咲き誇る季節は過ぎてしまいましたが、美しい景色と動物に出会えると良いなぁ…。

そんなわけで、またブログの更新をお休みします。アメリカ在住の方にとってはLabor Dayでこの週末は久々の3連休ですね♪皆さん良い週末&連休を!
by ny-cafe | 2007-08-31 23:39 | 日々の出来事(in USA)
独立の舞台 Philadelphia
従姉の滞在中、空港まで行く夫に便乗してフィラデルフィア観光してきました♪3月末にも一度観光目的で出かけましたが、前日マンハッタンからのバスが遅れに遅れ(バスに乗った直後に橋が封鎖された)、翌朝は早起きできず、フィラデルフィアに着いたのはお昼前。インディペンデンス・ホールの入場チケットは既に配布完了で、観光の目玉とも言える建物を見逃してしまいました。今回は事前にインディペンデンス・ホールの見学ツアーを予約して準備も万全。急遽参戦することになったAさんも加わり、3人でフィラデルフィアの街中を散策してきました。この日の日程は下記の通りです。

c0061496_623488.jpg10:15 SeptaでMaekrt Eastへ
10:50 チャイナタウン散策(ミューラルを探せ!)
11:30 Visiter Centerでチケットの引き換えとランチ
12:30 インディペンデンス・ホール見学
14:00 リバティ・ベルをチラ見
14:30 造幣局見学
15:20 市内散策(べッツィ・ロスの家、フランクリン・コートなど)
16:30 リバティ・ベルを再び見学
17:30 Septaでフィラデルフィア空港へ

まずはお決まりの街の歴史をWikipediaから抜粋しようと思いましたが、素晴らしいサイトを見つけたので省略。フィラデルフィアの歴史については、makiさんのmaki's@philly通信を参照してください。また、アメリカの独立については随分前の日記でも書いたので、良かったらこちらをどうぞ~。

◇ミューラル
c0061496_6202681.jpg空港で夫と別れたあとは、Septaでセンターシティへ移動。前日考えたスケジュールでは、「Visiter Centerでチケット引き換え→リバティ・ベル見学→インディペンデンス・ホール見学」とまわるつもりでしたが、空腹のため何も考えず自然と足はチャイナタウンへ。早目の昼食を取ろうとしましたが、お目当てのPenangは開店前。11:30開店とのことだったので、持参したミューラルマップを見ながらチャイナタウンを散策しました。

フィラデルフィアにはミューラルと呼ばれる壁画があちこちにあり、週に2日(季節限定)だけですが、これらの壁画を見てまわるツアーが用意されています。この日はインディペンデンス・ホールの予約と重なってしまったため、ツアー参加は断念。かわりに地図を見ながらウロウロしましたが、チャイナタウンのミューラルは規模が小さく、またかなり中国風だったのがちょっと残念。ミューラルについては、またいつかリベンジしなくては!と誓いました。

間もなくPenangが開店!という頃になって、「そういえば今日のツアーって12:30からじゃなかった?」と気がついた私。悠長に食事をする時間がないことに気付き、そのままVisiter Centerへ。National Park Serviceの窓口でチケットを受け取り、奥のカフェでホットドックの昼食を取りました。反省です…。ちなみに下の写真は3月に偶然見つけたミューラル。どこで見つけたか定かではありません。

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◇インディペンデンス・ホール(独立記念館/世界遺産)
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c0061496_205295.jpg1749年にペンシルバニアの議事堂として建設されたこの建物が、アメリカの歴史を語る上で欠かせない建物となったのは第2次大陸会議のこと。イギリス植民地下にあった13州の代表がここに集結し、1776年7月2日に独立の是非を問う投票が左の会議室で行われました。投票を棄権したニューヨーク以外の12州はイギリスからの独立に賛成。2日後の7月4日、トーマス・ジェファーソン起草の独立宣言(Declaration of Independence)が採択され、7月8日の朝、高らかな鐘の音とともに独立宣言が公布されました。

c0061496_234782.jpgその後1787年には同じ会議室でアメリカ合衆国憲法が制定。ワシントンD.C.に首都を建設する間の1790~1800年にフィラデルフィアに臨時の首都が置かれると、議会はインディペンデンス・ホールに隣接するフィラデルフィア群裁判所に移され、左の会議室がアメリカ合衆国議会議事堂として使用されました。フィラデルフィアに首都が置かれた10年の間に、独立13州と同じ資格でバーモント、ケンタッキー、テネシーが合衆国に加盟、また宗教、言論、出版の自由が認められるなど、ここで様々な決定がなされたそうです。

c0061496_6592581.jpgc0061496_6594078.jpg左はインディペンス・ホールの入口前に立つ、初代アメリカ大統領ジョージ・ワシントンの像と、ドアの横に掲げられた「The Birthplace of the United States of America」とかかれた石碑です。ちなみにフィラデルフィアの情報を網羅したサイト、フィラデルフィア便利帳によれば、アメリカ大統領の就任宣言は現在もこの建物の前で行なわれるそうです。

なお、インディペンス・ホールの入場チケットはVisiter Center内のデスクで当日朝から配布されますが、アメリカ国内からもたくさんの人が訪れるため、10時前に配布完了してしまうこともあるようです。確実に見学したいという方は、National Park Serviceのサイトをチェックしてみてください。$1.5の手数料はかかるもの、時間指定ができるのでおススメです。


◇リバティ・ベル(自由の鐘)
c0061496_2302966.jpg自由の女神と並ぶ、アメリカの象徴と言っても過言ではないでしょう。ペンシルバニアの州議事堂(現インディペンデンス・ホール)にかかげるための鐘が、イギリスのホワイトチャペル社に発注されたのは1751年のこと。翌年フィラデルフィアに到着した鐘は、1753年3月に議事堂外側の中庭広場に吊り下げらましたが、不運にも初めて鐘が鳴らされた際にひびが入ってしまいました。

そこで今度はフィラデルフィアに住むジョン・パスとジョン・ストウに鐘の鋳造を発注。1753年4月に新しい鐘が完成しましたが、この鐘は銅を多く配合したために満足のゆく音色にならず、彼らは再度鐘の製造に取り掛からなければなりませんでした。そして1753年6月、正しい配合によって再び鐘が完成。ようやく議事堂の尖塔に、State House Bellとしてお目見えしたのでした。

その後1754年3月にイギリスで再び新しい鐘がつくられますが、この鐘はパスとストウによって鋳造された鐘よりも音色が劣っていたことから、議事堂のクーポラに吊るされ、時を知らせる鐘として使用されたそうです。(パスとストウによって鋳造された鐘は特別なときのみ使用された。)

Wikipediaによれば、この新たに鋳造された鐘はシスター・ベルと呼ばれ、1820年以降はフィラデルフィアの聖オーガスティン教会へ貸し出されたそうですが、1844年5月8日に起きた暴動により破壊。その後この鐘の改鋳品を所持していた聖オーガスティン教会の修道士達からヴィラノバ大学へ譲渡され、現在はヴィラノバ大学内のファルビー記念図書館に置かれているそうです。

なお、アメリカ独立宣言が公布された1776年7月8日、フィラデルフィア中の鐘が鳴らされる中、リバティ・ベルも独立を祝って高らかに鳴らされたとされますが、歴史家によれば当時尖塔の状態が悪かったことから、実際に鳴らされたかどうかは疑わしいとのことです…。

その後1777年9月にはイギリス軍がフィラデルフィアを襲撃しようとしたため、鐘は一時ノーザンプトンタウン(現在のアレンタウン)へ移動、1778年にイギリス軍が撤退するまでZion Reformed Churchの地下に隠されたそうです。ちなみにZion Reformed Churchの地下は、現在リバティ・ベル博物館になっているそうですが、私の住むすぐ隣町にこんな博物館があるということを初めて知りました。

尖塔の劣化のため、折角フィラデルフィアに戻った後も7年もの間、鐘は倉庫に保管されたそうです。そのため鐘は盗まれたのではという噂まで出たそうですが、1785年にようやく新しい尖塔が完成。再び鐘が吊るされ、1790年にはフランクリンの死を、1793年にはジョン・アダムスの大統領就任を、1799年にはワシントンの死を告げるために鳴らされ、19世紀に入ってからも1804年にアレクサンダー・ハミルトンの死を、1824年にフィラデルフィアへのラファイエットの帰還、1826年にジョン・アダムズとトマス・ジェファーソンの死、1832年にジョージ・ワシントンの100周年記念、1834年にラファイエットの死を告げるために鳴らされたそうです。

Wikipediaによれば、この鐘に最初に亀裂が入った時期は定かではないそうですが、1846年2月に一旦修理が施されたそうです。しかし修復から間もない1846年2月22日、ジョージ・ワシントンの誕生日を祝って数時間に渡って鳴らされた際、再び修復された割れ目の上部から亀裂が広がり、以降リバティ・ベルは使用不能となってしまったそうです。

その後1852年に尖塔からおろされ、1885年のニューオーリンズを皮切りに1915年まで各地で展示されましたが、1902年に列車での運送中に脱線事故に巻き込まれたことから、ベルを移動することは危険だと考えられ、以降フィラデルフィアに落ち着くようになったようです。ちなみ2003年10月以降は、インディペンデンス・ホール向かいに完成したリバティ・ベル・センターで展示されています。

なお、リバティ・ベルはアメリカの独立の象徴だけでなく、その後奴隷解放やウーマンリブなどでも自由の象徴として掲げられたようです。リバティ・ベルの歴史は、英語サイトになりますがLiberty Bell Timelineでどうぞ。


◇フィラデルフィア造幣局
c0061496_526144.jpg設立は1792年4月2日。アメリカ造幣局の本部でもあるフィラデルフィア造幣局の建物は、アメリカ合衆国憲法の下において最初に建設された建築物だそう。(現在の建物は4代目。)館内へのカメラ持込は一切禁止。私はカメラを預かって外で待っていたので中の様子はわかりませんが、お役所らしく3時になった途端に見学者を一斉に追い出すそう。ゆっくり見学したい方は要注意です!

ちなみに造幣局の向かいの墓地に、ベンジャミン・フランクリンが眠っています。

◇散策中の写真
独立13州を示す初代星条旗、株式取引所、第1回大陸会議が開催されたカーペンターズ・ハウス
c0061496_542585.jpgc0061496_5514844.jpgc0061496_5541693.jpg
フランクリン・コートと合衆国第2の銀行c0061496_645767.jpgc0061496_632140.jpg
夏の間はあちこちで歴史を語るイベントが開催c0061496_67572.jpgc0061496_642071.jpg

c0061496_82810100.jpg今回は時間の都合で行けませんでしたが、ベンジャミン・フランクリンの像が頂に立つフィラデルフィア市庁舎(右)や、アメリカでも有数のコレクションを誇るフィラデルフィア美術館など、フィラデルフィアはまだまだ見所がありそう。また機会を作って出かけようと思います。ちなみに、フィラデルフィア美術館に行かれる際は、是非こちらの動画を見て、テンションを上げてくださいね♪

なお、フィラデルフィア名物と言えばフィリーチーズですが、家の近所でもおいしいフィリー・チーズが食べられるのでこの日はおあずけに。前回フィラデルフィアに出かけた際もフィリーチーズは食べず、かわりにRoy'sに入りました。ハワイの3大シェフに数えられるRoy Yamaguchiが創り出すHawaiian Fusion Cuisineのお店は、雰囲気も大人な感じでなかなかお勧めです。
Roy's Philadelphia
124-34 S. 15th Street, Philadelphia, PA 19102
(215) 988-1814
by ny-cafe | 2007-08-29 11:32 | Pennsylvania!
怒涛のマンハッタン観光
夫の両親一行と、1泊2日でマンハッタン観光してきました。夫は仕事だったため、この2日間は私ひとりで両親一行をケア。Bieberバスに乗り込んで、朝から晩までマンハッタンを観光してきました。2日間の行程は下記の通り。マンハッタンは親戚や友達が来るたびに案内してるので、ペース配分も読めるようになり、大分スムーズに案内できるようになりました。後日国連の日本語ツアーだけは、別に日記を書きますね!

◇1日目
08:30 Bieberバスでマンハッタンへ
10:15 マンハッタン到着
10:25 タクシーでメトロポリタン美術館へ
10:50 メトロポリタン美術館着
11:10 日本語ガイドツアーがなかったためタクシーでホテルへ
11:40 ホテルチェックイン
12:00 散策スタート(タイムズスクエア、ロックフェラーセンター、セントパトリック大聖堂、クライスラービル、グランドセントラル)
14:00 国連にて日本語ツアーに参加
15:30 地下鉄でロウアーマンハッタンへ移動
16:00 ロウアーマンハッタン散策(グランドゼロ、ウォール街、フルトンマーケット、サウスストリートシーポート)
20:00 地下鉄でブルックリンへ移動
20:30 展望デッキで夜景鑑賞の後、歩いてブルックリンブリッジを渡る
22:00 市庁舎を横目で見つつ地下鉄でホテルへ
22:30 ホテル着
22:40 タクシーでイーストビレッジのドミトリーへ
23:00 ドミトリー着

◇2日目
07:30 地下鉄で両親一行の待つホテルへ
08:00 シャワーを浴びて出発準備
09:15 マクドナルドで朝食後、タクシーでメトロポリタン美術館へ
10:15 メトロポリタン美術館見学
12:30 屋上のテラスでランチ
13:10 タクシーでダコタアパートへ
13:30 セントラルパークを散策(ストロベリーフィールド、シープメドウ)
14:10 5番街散策
15:00 タクシーでピア83へ
15:30 両親一行は2時間のサークルラインクルーズ
18:00 両親一行とホテルで合流
18:15 立ち食いそばで夕食
19:00 タイムズスクエアでお買い物
20:00 BieberバスでPAへ
22:00 PA着後、近所のスーパーで買い物
23:00 自宅着

出かける前、夫は義母に「嫁さんにうまいものを食べさせてあげてください」と言ってくれたようですが、うまいものをゆっくり食べる時間は全くなく、マンハッタンで食べたものといえばスタバのラップ、カリフォルニアロール、朝マック、立ち食いそばくらい(笑)。

何せ事前に義母にもらった「行きたいところリスト」には、前回義母が遊びに来た際、3日間で訪れた場所がずら~っと並んでいたので、ゆっくり休む暇などありません!さすがにクロイスターズとエンパイアは時間の都合で割愛しましたが(クロイスターズは最初からどうやっても行く時間がありませんと伝えました)、それ以外の行きたいところリストは全て制覇し、さらに私の一存で国連の日本語ツアーとクルーズを入れてみました。さすがに最後はみんな疲れきってしまい、申し訳ないことをしたなぁと思いましたが、2日間でこれだけ観光できたので良しとしましょう!

ちなみに1日目、マンハッタンについてすぐメトロポリタンに行ったのは、11:15からの日本語ツアーに参加するためでしたが、火曜日にも関わらずこの日は日本語ツアーがなく、おまけに館内にスーツケースを持ち込めなかったため(クロークにも預けられないので注意)、そのまま見学せずにホテルに向かいました。日本語ツアーに参加したい方は、面倒でも一度電話で確認するのをおススメします。

2日目は朝8時のオープンとともにエンパイアに上るつもりでしたが(エレベーターを待ってる時間はありません)、前の晩にドミトリーから電話したら、「疲れがたまったので少しゆっくりしたい」とのことで断念しました。1日目は歩きすぎて私も足がパンパンだったので、2日目はタクシーをフル活用しましたが、5人乗りだと普通のタクシーに乗れないため、バンタイプのタクシー探しに苦労しました。

この日はドミトリーの鍵を返しに行かなければならなかったため、両親一行がクルーズに参加してる間に私はイーストビレッジまで往復し、残りの時間はタイムズスクエアをウロウロすることに。念願のWホテルにも潜入できて(フロントのみ)、かなり嬉しかったです!旅行会社時代インスペクションと称してホノルルのWには2度潜入(宿泊ではない)、イベントでブローシャなんぞ入手した日には大事に持ち帰って時々眺めていましたが、このホテル自体がNYで産声を上げただけあり、とてもスタイリッシュでした。Welcome Livingと呼ばれるフロントがかっこよかった~!アメリカに居る間に是非1度、宿泊してみたいと思いました。よろしくね~、旦那さま♪

サークルラインのSightseeing Cruiseはこれまで何度か乗船しましたが、船の上から自由の女神やブルックリンブリッジを見ることができるので、暑い日の観光にはもってこいです!自由の女神があるリバティアイランドには行きませんが、島の手前で少し停泊するので、女神をバックに写真を撮ることも可能です。特にバッテリーパークからのフェリーが混雑する季節はこの船がおすすめ!Sightseeing Cruiseは75分、2時間、3時間と3つのコースが用意され、季節によって出港時間が異なるので、詳細はサークルラインクルーズのサイトでチェックしてくださいね。

なお、両親一行のマンハッタンのホテルは、タイムズスクエアのMarriott Marquisを手配。2日前の直前手配だったために若干宿泊費は高くなってしまいましたが、2ベッドの部屋に追加チャージなしで、4人で宿泊できました。さすがにこのホテルに5人ひと部屋で宿泊するのは無理なので、私だけはイーストビレッジのリーズナブルなドミトリーを手配しましたが、まぁまぁ色々ありましたね。これも良い経験ということにしましょう(笑)。

ちなみにこの怒涛のマンハッタンツアーで、ヘタレな私は体力を消耗。帰宅後に夫のすすめでトクホンを背中に貼って寝たらものすごく快適で、調子に乗って連日貼りまくったら見事にかぶれ、その後1週間ひどい目にあいました。一応半日おきに貼り替えてたんですけどね…。トクホンの乱用、ご注意ください(笑)。
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追記:今日27日のMets戦から、PhilliesのセカンドChase Utleyがスタメン復帰しましたね(しかも5回にいきなりホームラン打ってるし…)。井口は今後、ピンチヒッターとして起用される見込み。もう1試合くらい井口のスタメン出場する試合を観戦しに行きたかったのにちょっと残念です。

追記その2:Utleyの復帰に伴い控えに回った井口ですが、27日のMets戦では7回に代打として出場。なんと移籍後3本目となる2ランホームランを放ち、存在感をアピールしてくれました。やるねぇ井口!
by ny-cafe | 2007-08-28 09:27 | Let's go Manhattan
Amish Farm & House
夫の両親一行、従姉とともに、2週続けてランカスターのAmish Farm & Houseへ出かけてきました。3月末にもミズーリに留学中の「いとこのいとこ」と出かけたので、今回は下見もばっちり。館内を見学するツアーに参加し、アーミッシュの生活や歴史に触れてきました。(注:右下の写真はLancasterのサイトから勝手に拝借。)

◇アーミッシュの歴史などc0061496_13435381.jpg
アーミッシュとはプロテスタントのメノー派に属していたスイス人、ヤコブ・アマン(Jacob Amman)を指導者として、17世紀末にメノナイトから分離して新たに結成された一派のことを指します。教義の厳しい戒律が徐々に緩んできたメノナイトから離れてヤコブに従った人々はアマン派と呼ばれ、それがアーミッシュの名前の由来になっているそうです。ヤコブは厳格な聖書の解釈を保つべきだと考え、1693年に寛大になりすぎたアーミッシュを去りますが、彼が去った後もアーミッシュは信仰を守り続けました。

アーミッシュがアメリカにやってきたのは1700年代のこと。クエーカー教徒だったウイリアム・ペンの政策によって数多くの宗教グループがペンシルバニアに落ち着く中、アーミッシュも宗教の自由が約束されたことから、この地に移り住んできました。ちなみに現在アーミッシュはアメリカ22の州とカナダに存在しますが(そのうち2万人はランカスターの半径35マイル圏内に住んでいる)、ヨーロッパには存在しないそうです。

アーミッシュは教会を持たず、また幼児の洗礼を信じていないのが特色のひとつです。ランカスターには117のアーミッシュの教区があり、それぞれ20~30世帯が属しています。教区には抽選で選ばれた司教と牧師がいて、2週間ごとに礼拝が行われます。これがオールド・オーダーハウス・アーミッシュと呼ばれる由来だそうです。礼拝は教区内の家々をを転々として行われ、年に1度か2度、それぞれの家で礼拝が行われる仕組みになっているようです。

アーミッシュでは若者が教会に所属するかどうか、彼ら自身で決めることができます。結婚する時まで、または20歳の後半までに教会に所属するかどうかを自分で決め、教会に所属したときに洗礼を受けます。もちろん教会に所属したら、教会が認めていないことは全て諦めなければなりません。

一方教会に所属しないことを決めた場合も、それは認められます。しかし一度教会に所属し、その後に教会を離れることを決めた場合は大変で、家族や友人から追放されます(追放も聖書の一節らしい)。また、メンバーが教会のルールを守らなかったときにも、教会から破門されるか追放されます。アーミッシュは追放された者から物を買ったり、追放された者に物を売ったりできないほか、追放されたものは教会の礼拝に参加できません。そしてメンバーの家を訪問したときには、洗礼を受けたものと同じテーブルで食事ができないそうです。

なお、アーミッシュの人々は特殊なコミニュティで生活せず、アーミッシュ以外の近所の人々とも交友関係を持つそうです。アーミッシュは近代的で便利なものを罪のあるものとは考えていませんが、それらは宗教や家族、コミニュティライフを破壊するものと考えています。そのため一般の生活のように近代的な世界にならないよう、どこかで止めなくてはいけないと考えているそうですが、彼らの信じる生活や理念を他人に押し付けることはないそうです。

◇フロントルーム
c0061496_55107.jpg左はフロントルームと呼ばれる部屋で、ここで礼拝が行われます。礼拝を控えた家は、必要でない家具を外に出し、教区が所有している背もたれのないベンチを運び込んで準備を整えます。礼拝当日は150~250人が集まり、男性と少年は片側に、その反対側に女性と少女が座るそうです。ちなみに賛美歌はドイツ語で歌われ、聖書もドイツ語で読まれますが(聖書は新約聖書と旧約聖書が使われる)、説教はペンシルバニアダッチが使われるそうです。

教会の礼拝は8時半頃から始まり、12時頃に終わります。終了後は先に男性用の軽食が用意され、あとから全員分の食事が用意されるそうです。

晩餐は春と秋の年に2回、献金も1年に2回だけ行われるそうです。献金によって集められたお金は司教によって銀行に預けられ、経済的に必要な人に使われるそうです。

◇キッチン
c0061496_11757.jpgキッチンは家の中で一番大きな部屋で、リビングとしても使われます。アーミッシュの家には電気がありませんが、家の明かりは灯油とプロパンランプが使われます。またセントラルヒーティングのかわりに、木や石炭のストーブで部屋を暖めるそうです。(キッチンからのストーブパイプや通気口によって、2階は暖められる。)キッチンは家の中で唯一暖房された部屋でもあります。プロパンガスによる冷蔵庫と洗濯機があり、料理用には木や石炭ストーブが使われるそうです。食材は近所のグロッサリーなどで購入し、時にはレストランで食事をすることもあるそうです。

なお、アーミッシュの家には基本的に電話がありませんが、中には道路に近い小屋や納屋に電話がある家があるそうです。これは飼料の注文や非常時など、仕事のためだけに使われるもので、家の中には置かれません。アーミッシュにとって電話は無駄な時間や雑談と考えられるのだそうです。

◇少女の部屋
c0061496_5303147.jpgアーミッシュには7~12人の子どもがいて、通常3~4人でひと部屋を使います。左は少女が身につける洋服ですが、無地で大柄なプリントやパターンは使われません。

歩き出す前の小さな子どもはつなぎ(写真右)を着ますが、少女は成長するに従って母親と同じようなエプロン付きの洋服を着ます。少女が10~12歳になると、ドレスの上にまっすぐなピンでエプロンをつけるようになり、成人して教会で洗礼を受けたあとは、女性の洋服には一切ボタンが使われなくなります。

c0061496_117244.jpgこれはアーミッシュが生まれた1600年代後期に、女性はボタンを宝石として使っていたためで、宝石を身につけないアーミッシュの習慣が今でも続いているからだそうです。ちなみにボタンの代わりに、まっすぐなピンが使われます。何かの拍子に体に刺さらないのでしょうか…。

独身の少女は、教会に行く際にベッドの上に飾られた白いケープとエプロンをつけます。白いネットのようなケープをかぶるのは、聖書の一節で女性は頭を覆うべきであるとあるからだそうです。

c0061496_12273724.jpgなお、左上の写真、ベッドのすぐ隣に吊るされた青いドレスが結婚式に着る衣装だそう。アーミッシュの結婚式には特別なドレスはなく、また結婚指輪もありません。女性は結婚の前の日までこの白いエプロンをつけますが、結婚後はしまわれ、そして死後に埋葬されるときに再びつけるそうです。

ちなみにアーミッシュの若者で結婚を希望するものは、司教の許可を受けなければなりません。一般的に結婚式は10月中旬~12月中旬の火曜日か木曜日に、新婦の家で行われるそうです。

正式な招待状はなく、口伝えや手紙によってゲストは招待され、250~400人が集まるそうです。この日は新婦の家族によって、正式な2回の食事が準備されます。もちろん離婚は認められないそう。結婚準備として、ティーンエイジの少女は誕生日などのプレゼントしてきれいなお皿やグラスを少しづつて受け取るそうです。

なお、左の3枚の写真のうち、1番下はアーミッシュの伝統的なキルトのパターンです。アーミッシュキルトは無地の布を組み合わせるのが特徴です。ちなみにベッドの上にかかってるカバーは販売用のもので、アーミッシュキルトではありません。

◇少年の部屋
c0061496_1174619.jpg小さな男の子は父親と同じような服を着ますが、少年はサスペンダーで吊るされた幅広のパンツをはきます。シャツの色は女性と同じですが、女性のものと違い、ボタンやスナップがついています。仕事用のコートにもボタンはありますが、正式なベストやコートにはボタンは使われず、メタルのフックや玉が使われます。これは1600年代後期、男性にとってボタンは軍隊の象徴だったためで、平和主義のアーミッシュでは現在でも正式な洋服にはボタンを使わないそうです。ベッドの上の麦藁帽は屋外で働くときや暑い気候の時用のもの。教会に行くときや寒い時は、黒いフエルト帽をかぶります。ちなみに結婚前は髭をそりますが、結婚後は髭を伸ばすそうです(鼻髭は伸ばさない)。

なお、アーミッシュの少年は16歳くらいで最初の馬車を購入するそうで、洗礼前はステレオつきの馬車があったり、運転免許を取り、車を持っている若者もいるそうです。

◇両親の部屋
c0061496_6474242.jpg両親の部屋は、普通1階のキッチンの隣に置かれます。これは緊急の事態に素早く農場に出かけることができるから、また新生児のために温かい部屋が必要だからです。

大人の洋服は子どもとほぼ同じですが、少し暗い色を着るのが一般的なようです。白いシャツは、教会へ行くときや正装が必要なときに着ます。寒い日には男性はコートを着ますが、女性はショールを羽織ったりセーターを重ねて着るだけで、コートを着ることは滅多にないそうです。

c0061496_118216.jpgアーミッシュの家には写真のように緑のカーテンが下がってるのが一般的で、女性たちの手によって窓辺に緑が上手に飾られるそうです。

なお、アーミッシュの家には写真がありません。写真は聖書の偶像に関連した教義に反すると考えられ、中でも自分の写真をもつことは自慢することになると考えられているからだそうです。アーミッシュにカメラを向けてはいけないと言うのはこのためだったんですね…。ちなみに写真の代わりに、家族の名前と誕生日を記入した記録を持っているそうです。


c0061496_12305639.jpg館内の見学が終わった後は、外に出て納屋や家畜小屋を自由見学。道路に面した敷地の一番はしにはCoverd Bridgeもあります。晴れた日にはアーミッシュの家らしく、右の写真のように洗濯物もつるされています。

渡米したばかりの頃はなかなか乾燥機が使えず、セントラルヒーティングが施された段ボール部屋に洗濯物を干していましたが、最近はすっかり便利で快適な生活に慣れてしまったなぁと反省。アーミッシュのシンプルな生き方に、はっとさせられました。

c0061496_12255632.jpgなお、Amish Farm & Houseはもともとアーミッシュの家族が生活していた建物とファームを買い取って1955年から一般に公開しているもので、館内は英語ツアーでのみ見学できます。受付に日本語の解説(A4で6ページ分)があり、これを読むだけでもアーミッシュの生活が大分分かると思うので、チケットを購入する際に聞いてみてください。(今日の日記はこの日本語の説明をかなり流用しています。)ちなみにこの建物には、アーミッシュの方は基本的にいないと思われます。また、AAA会員の方は$1オフになるので会員カードをお忘れなく~(笑)。



c0061496_13542737.jpgAmish Farm & Houseを見学したあとは、Intercoureの町を抜けて、半分道に迷いながらドライブするのがおすすめ。私たちはIntercouseの観光Villageで短い休憩を取ったあとに適当に細い道に入り、Lancasterののどかな景色を堪能しました。写真は3月末に撮ったものですが、北海道の美瑛にあるパッチワークの丘のような景色が広がっていて、この辺りはドライブするだけでも気持ち良いです。アーミッシュの人々や家、それに馬車を頻繁に見かけることもできます。Lancasterは奥が深そうなので、色々調べて改めて訪れたいと思います!

なお、夫の父は無類の映画好きですが、1985年に公開されたハリソン・フォード主演の『刑事ジョン・ブック/目撃者』という映画を見たそうで、Armish Farm & Houseで読んだアーミッシュの説明がオーバーラップしたと言っていました。アーミッシュやペンシルバニアダッチについては過去の日記にも書いたので、良かったらそちらものぞいてみてください!
Kutztown Pennsylvania German Festival
Pennsylvania Dutch
by ny-cafe | 2007-08-27 05:22 | Pennsylvania!
Farewell BBQ
来月帰任予定のお友達一家がロングアイランドから遊びに来てくれたので、25日(土)は3家族でFarewell BBQをしました。前日に従姉を空港まで送った帰り道にBBQをすることを決めたので、今回は夫自慢のつくねと焼き鳥は間に合いませんでしたが、お昼から飲んで食べて話もできて、その上ちびっ子たちともたっぷり遊べて楽しい1日になりました。

しかもこの日は生後2ヶ月のBabyも参戦♪生後間もなくロングアイランドに押しかけて抱っこさせてもらいましたが、わずかひと月半で随分大きくなったのにびっくりしました!前回はなんだか壊れそうで抱かせてもらうのもおっかなびっくりという感じでしたが、今日は首も据わっていたので長いこと抱っこさせてもらいました。独特の香りとすべすべの顔や手足。赤ちゃんは寝てても起きてても天使ですね♪

この日はもうひとりちびっ子ちゃんが参加してくれましたが、こちらも1年ぶりの再会だったので、随分お姉さんになっていてびっくりしました。ちょうど上のふたりが同級生、しかもベビーカーにいたときから仲良しだったようで、ご飯を食べ終わるや否や意気投合して仲良く遊んでいました。偶然着ていた服の色合いが同じだったこともあり、双子ちゃんのようで可愛かったです。

次にみんなで一緒に遊べるのは日本かな…。A家のみなさん、今日はわざわざ遊びに来てくれてありがとう。残り少ないアメリカ生活を思う存分堪能してね。そして日本でもまた家族ぐるみのお付き合いお願いしますね!
by ny-cafe | 2007-08-26 12:05 | アメリカ生活
Phillies vs Dodgers
c0061496_1416135.jpg日本から遊びに来ていた従姉と一緒に、23日(木)のPhillis vs Dodgers戦を観戦してきました。この日も井口は2番セカンドでスタメン出場。最初の3打席はゴロと三振でしたが、1-5で迎えた8回2死の第4打席、カウント1-2から4球目の外角速球を流し打ち。移籍後2本目となるソロホームランを放ち、外野席に設けられた鐘を鳴らしてくれました♪

ライバルのチェイス・アトリー(Philliesのスター選手)は、27日のMets戦から復帰とのこと。頑張ってほしいところです。
c0061496_13273088.jpg右はDodgersリードで迎えた9回裏に登板した、Dodgersのリリーフ、斉藤隆。Philliesの4番ライアン・ハワード(昨年のリーグ2冠王で今季も打点トップを走る)から始まる打線をきっちり3人で締め、今月8個目、今季通算34セーブ目を挙げました。

肝心の試合の方は終始Dodgersリードの展開で、5-2とPhillisの負け試合。9回はいったいどっちのチームを応援してるんだ??といった状況になってしまいましたが、日本人大リーガーふたりの活躍が見られたので、大満足な野球観戦となりました♪

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c0061496_14162747.jpgc0061496_14163751.jpg上の写真は、スタジアムの外壁に掲げられた井口の写真(右)と、バッターボックスに立つ際に電光掲示板に映し出される井口(左)。左の2枚は井口がホームランを打った際の電光掲示板とリバティ・ベルです。リバティ・ベルは、Philliesの選手がホームランを打つと左右に揺れて鐘が鳴る仕組み。ナイトゲームの場合は電飾が施されるらしいです♪この鐘を井口が鳴らしてくれたのが嬉しかったです!


Philliesの本拠地Citizens Bank Parkは、2004年に新しく誕生したスタジアムだけあり、とてもきれいでした。NBAの76ersとNHLのFlyersが本拠地とするWachovia Center、NFLのEaglesが本拠地とするLincoln Financial Fieldと隣り合わせ、フィラデルフィアのスカイラインもよく見えました。(帰り道を間違えて2時間の渋滞に巻き込まれたRt.76からもよく見えたけど…。)
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c0061496_1162226.jpgちなみに従姉の滞在中のスケジュールは下記の通り。ランカスターやフィラデルフィアの写真も、また近いうちにアップしますね。
◇1日目
BieberバスでマンハッタンからPAへ
◇2日目
ランカスター観光&アウトレットでお買い物
◇3日目
フィラデルフィア観光
◇4日目
野球観戦とお買い物
by ny-cafe | 2007-08-24 14:16 | Pennsylvania!
ナイアガラの滝 旅行記 Vol.2
アルミホイルのこすれる音で目を覚ますと、夫が前日の残りのスパム結びを朝から元気に食べていました。こんな音で起きてしまった自分がちょっと悲しかった…。気を取り直してカーテンを開けると、朝から青空が広がる絶好のお天気!左下のような大きな水しぶきが轟々とあがる滝の景色が、窓の向こうに広がっていました。母が起きて手紙を書いていたので、早速ソファーベッドをたたんで出発の準備。2日目の日程は下記の通りです。

c0061496_412245.jpg◇2日目
08:30 ホテル発
09:00 インクライン・レイルウェイ乗車
09:05 テーブル・ロック着
09:15 ジャーニー・ビハインド・ザ・フォールズ
10:00 テーブル・ロックから滝を眺める
10:30 インクライン・レイルウェイ乗車
10:35 Applebeeでテイクアウト
11:30 ホテル発
16:00 アウトレットで買い物&軽食
20:00 PA着

風の洞窟の反省から、この日は朝一番でジャーニー・ビハインド・ザ・フォールズに参加するつもりで動きました。家から持ってきたマフィンや前日の残りのサラダなどで簡単に食事をすませ、8:45にホテルを出発。ホテルのすぐ下から出発するインクライン・レイルウェイで、テーブル・ロックまで向かいました。

下の写真はインクライン・レイルウェイからの眺め。行きは前から2列目、帰りは後ろから2列目に座りましたが、後ろに座ってしまうと全く滝が見えないのでご注意を。ちなみに所要時間はおよそ1分。これで$2とはある意味かなり高い乗り物ですが、歩くとぐるっと回らなければならないので、コニカミノルタタワーなどカナダ滝の上の建物に行くにはかなりおススメ。

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c0061496_524397.jpg◇ジャーニー・ビハインド・ザ・フォールズ
文字通り、滝の裏側を見て回るアトラクションです。チケット購入後、観光地ではお決まりの記念撮影(終了後に販売される)をすませると、黄色いポンチョが配られます。そこから先は専用エレベーターで38m下まで降りて自由行動。1989年に掘られた全長46mのトンネルに設けられた2箇所ののぞき穴と、滝の真横に設けられたバルコニーからカナダ滝を眺める形になります。

勝手に滝の後ろが大きなバルコニーのようになってると思っていたので、のぞき穴(右写真)は少々がっかり…。穴の向こうで水しぶきがあがっていて実際にはものすごい勢いなのですが、窓が小さくてイマイチ実感がわかないのが残念。しかしバルコニーからの眺め(下の写真)は圧巻のひとことでした!水しぶきも凄まじい勢いでかかり、夫は「まるで嵐の中にいるようだ」と言ってました。水しぶきと空のコントラストが美しかったです!

ちなみに、ナイアガラ観光局によれば、カナダ滝から流れ落ちる水が滝つぼにぶつかる時のインパクトは、10階建ビルの屋上からコンクリートの路面にぶつかる衝撃と同じで、生身でカナダ滝から落ちるとまず助からないそう。絶対落ちたくないですけどね…。なお、カナダ滝下りをした冒険家はこれまで15人で、うち5名は命を落としたそうです。現在は法律で滝下り自体が禁止され、違反すると1万ドルの罰金が科されるそうです。
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◇テーブル・ロック
凄まじい滝の勢いを体感したあとは、地上に戻ってしばし滝の鑑賞をしました。ここからはホース・シュー(馬蹄形)と呼ばれるカナダ滝の全景が見られると思っていましたが、あまりに激しい水しぶきのため、滝の中央部はあまりよく見えませんでした。これでも大分水の落ちる量を制限してるというのだから驚き。滝に流れ落ちる川の水深が3mだった時代、1年に1mも滝が侵食されるというのも納得ですね。ちなみにここから見る霧の乙女号、軽く難破しかけてるように見えるのは私だけではないはず。夫は「難民船みたいだ」と失礼なことを言ってました…。

なお、ナイアガラ観光局によれば、以前はテーブル・ロックの北側に実際にテーブルのように川に突き出した岩盤があったそうですが、1850年に馬車を洗車中に岩盤が落石。かつてテーブル・ロックがあった場所に、記念の銅版があるそうです。ちなみにナイアガラの滝で発生するマイナス・イオン数量は100,000/立方cm以上で、自然界では世界最大の発生地だそうです。

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というわけで、2日間のナイアガラ観光はこれにて終了。お昼前にホテルを出発し、再びアメリカに入国。その後アウトレットに寄り道しながら、PAを目指しました。時差ぼけ中にも関わらず、往復700マイルの道のりを頑張って運転してくれた夫に感謝です!

なお、私たちは往復とも車で国境を渡りましたが、歩いて渡るのもなかなか良いかもしれません。レインボー・ブリッジの上からなら、アメリカ滝とカナダ滝の両方入ったまた違った景色をカメラにおさめることができるかも?(←未確認。)時間のある方は試してみてください!
by ny-cafe | 2007-08-20 06:08 | Travel☆Travel
ナイアガラの滝 旅行記 Vol.1
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3日前に日本出張から戻ってきたばかりの夫の運転で、ナイアガラの滝まで行ってきました。前日に日本から到着した夫の両親と叔父、叔母はもちろん、夫も時差ぼけ真っ只中。ナイアガラまでの長距離ドライブは、唯一時差のない私が頑張るしかないなぁなどと思っていましたが、お弁当作りで寝るのが遅くなった上になかなか寝付けず、結局ナイアガラまでの6時間、夫の隣でほぼ爆睡してしまいました。ごめんよぉ夫・・・。そんなこんなで辿り着いたナイアガラは、見事なまでに観光地化してたものの、世界3大瀑布に数えられるだけあり、素晴らしい景色でした。早速旅行記をアップします。

c0061496_20335362.jpg◇1日目
05:30 PA発
12:30 ナイアガラ(アメリカ側)着
13:30 霧の乙女号乗船
14:00 プロスペクト公園散策
15:00 風の洞窟ツアー混雑のため断念
15:30 テラピン・ポイントとルナ島から滝を眺める
17:00 カナダ入国後、ホテルへ
18:00 日本食レストランで夕食
21:00 滝のイルミネーション見学
23:00 就寝

まずはナイアガラの滝について。ナイアガラ観光局によれば、この滝ができたのは今から約1万2千年前の氷河時代のこと。現在滝がある場所より13km下流のクインストン・ハイツにあるナイアガラ断層で、氷河が削った断層に滝ができたのが始まりだそう。その後1年に約1m侵食されて現在の位置まで移動。現在は侵食を防ぐために上流で水を取り込んでいるため、年間2cm程度の侵食に抑えられていますが、それでも数千年後には滝がなくなると考えられているそうです。ちなみにイエス・キリストが誕生した頃には、レインボー・ブリッジ(国境の橋)の辺りに滝があったそうです

ナイアガラの滝には3つの滝があり、それぞれ大きさは下記の通りです。
・カナダ滝 (Canadian Horseshoe Falls) 幅 約670 m、落差 約54 m
・アメリカ滝 (American Falls)  幅 約260 m、落差 約 34m
・ブライダル・ベール滝 (Bridal of Veil Falls) 幅 約 15 m、落差 約34m

水源は上流にある4大湖(スペリオル湖、ミシガン湖、ヒーロン湖、エリー湖)で、ナイアガラ瀑布を流れ落ちたあと、ナイアガラ川を下ってオンタリオ湖へ注ぎ、セント・ローレンス河を経由して大西洋に流れるそうです。ちなみに4/1~10/30は毎秒2,832立方メートル、11/1~3/31は毎秒1,416立方メートルの水が流れ落ちるそうです。なお、カナダ滝の中央から滝つぼに流れ落ちる寸前の水深は、現在平均0.6mだそうです。1956年以降、滝の上流で水力発電用の水を大量に取り込むようになったため大分水深は浅くなりましたが、それ以前は約3mもあったそうです。ナイアガラ周辺に住んでいた先住民が、畏敬の念をこめて「ニアガル」(雷鳴の水)と呼んだのも納得です。

霧の乙女号・Maid of the Mist
c0061496_18182178.jpgナイアガラ観光で絶対外せないアトラクションといったら、やはりこれでしょう!船の名前の由来は先住民の伝説、「乙女リワワナ」から付けられたそうです。美しい乙女リワワナは酋長の命令で村の長老と結婚することになりましたが、結婚式の最中に逃走。村から追放されたリワワナは、滝つぼに住むと信じられている精霊の強い力に呼び寄せられて一体となり、今でもナイアガラ瀑布から吹き上がる霧の中にその姿を見ることが出来ると信じられています。ちなみに霧の乙女号は世界一古いクルーズで、創業1846年以来1度も事故がないそうです。

c0061496_18402867.jpgと、前置きはこのくらいにして…。アメリカ側のチケット売り場と入り口は、プロスペクト公園の展望タワー入り口にあります。ここでチケットを買い、エレベーターで下まで降りて青いレインコートをもらえば準備完了!あとは船に乗り込むだけです。

船は出発して間もなく、アメリカ滝とブライダル・ベール滝を通過。黄色いポンチョを着た風の洞窟ツアーの参加者を見ながら、いよいよカナダ滝の滝つぼへ。ここで数分ホバーリングしますが、あまりの滝の勢いと水しぶきに圧倒されました。

c0061496_1840473.jpg左はカナダ滝の滝つぼで撮った写真です。ものすごい水しぶきで、デジカメが壊れないかハラハラしながら撮りました。滝の端は何とか撮れましたが、中央部分は煙のような水しぶきで訳の分からない写真しか撮れなかったのが残念!カナダ滝、予想を上回る凄まじい迫力でした!

その後船は方向転換し、再びブライダル・ベール滝、アメリカ滝の前を通って展望台のふもとへ。所要時間30分ほどの短いクルーズですが、滝の迫力を存分に味わうことができました。

c0061496_1942312.jpg左は展望台のふもとから眺めたアメリカ滝です。霧の乙女号に乗船しないと、多分ここには行けません。(エスカレーターを降りなければいけないため。)

ガイドブックによれば、霧の乙女号は、カナダ側、アメリカ側、どちらもほぼ同じルートを進みますが、滝のすぐ手前まで歩いて行くことができる点では、アメリカ側からの方がおススメかもしれません。ちなみにアメリカ側からの方が、若干空いてるそうです。

エレベーターで再び展望台へ戻った後は、しばし高台から滝を眺め、プロスペクト公園で遅めのランチを取りながら休憩。風の洞窟ツアーが出発するゴート島まで歩いて行けるとのことだったので、川沿いを歩いて行きましたが、ようやく辿り着いた風の洞窟ツアーは長蛇の列ができていてがっかり…。近くのおじさんに聞いたら軽く1時間待ちとのことだったのであっさり断念し、しばらく休憩したあとでテラピン・ポイント、ルナ島から滝を眺めました。

◇テラピン・ポイント(アメリカ側からカナダ滝を眺められるポイント)
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◇ルナ島(アメリカ滝とブライダル・ベール滝の中間にある島)c0061496_19384354.jpgc0061496_19382295.jpg
c0061496_19415698.jpgテラピン・ポイント、ルナ島から滝を眺めたあとは、いよいよ国境を渡ってカナダへ。空港での入国審査と違い、入国カードや税関申告書はなし。全員分のパスポートを渡し(スタンプが押されるだけでI-94はついたまま)、車の窓を開けて顔を見せるだけという簡単な入国審査でした。

この日のホテルはMarriott Fallviewを手配。ハイシーズンだったため宿泊費はどこも高めで、滝の見える部屋を3部屋手配した日にはものすごい金額になります。

c0061496_2033438.jpgそこで宿泊費をセーブするために夫が手配したのが、Queen2台+ソファーベッド1台という滝の見える部屋。とうに三十路を越えた身とはいえ、嫁としてはちょっと恥ずかしい…。でもその分左のような素晴らしい眺めを、部屋から堪能することができました。

しばらく部屋から滝を眺めたあとは、ガイドブックで見つけた和食どころで簡単な夕食をすませ、酒屋さんでカナダビールを購入。その後9時からの滝のイルミネーションを見学し、長い長い1日はようやく終了。2日目についてはまた後日。

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by ny-cafe | 2007-08-19 01:27 | Travel☆Travel
夫の両親&叔父・叔母滞在記
夫の両親&叔父・叔母の滞在もあっという間に終わり、無事に成田に到着したようです。今回はナイアガラまで足を延ばしたため、マンハッタンとPAの観光は駆け足になりましたが、その分あちこち見学できたので良しとしましょう!ちなみに両親一行の滞在中の行動は下記の通り。おいおい旅行記をアップします。

◇1日目
成田→ニューアーク→PA

◇2日目&3日目
ナイアガラ観光

◇4日目
ランカスターでアーミッシュハウスなどを見学
帰宅後は夫とお土産の買出し

◇5日目&6日目
マンハッタン観光

◇7日目
家の周りを散策
(ワイナリー見学、フィリーチーズのランチ、夫の会社を外から見学、モールとファーマーズマーケットで買い物)
帰宅後、夫とともにGrill 3501で晩餐♪

◇8日目&9日目
PA→ニューアーク→成田


なお、両親一行よりひと足早く日本からPAに戻ってきた夫が、夫の実家から送ってもらった救援物資を大きな段ボールにひと箱分運んできてくれましたが、さらにその倍はあるかと思われる日本の品々が、4つのスーツケースから出てきたのにはびっくりしました!夫はスーツケースを少しでも小さくするためにという配慮から、先に荷物を送ってもらうよう義母に頼みましたが、義母は荷物が軽くなった分、さらに色々補充してくれたようです。

えびせんべいやかきもち、自家製の梅干各種や自宅で焼いて冷凍してくれたかま付きの鮭、好物のいずみ屋のちりめん山椒や空港で購入してもらった明太子やカステラなどなど…。夫は「何のために俺が荷物持って来たんだよ~」とちょっとむくれてましたが、私は荷物が解かれるたびに大興奮。当分日本の味を楽しめそう。義母の親心に感謝です♪

ちなみに今日は朝から久々のゴルフに出かけている夫ですが、この1週間は私に対してとっても優しかったです(笑)。あと1週間くらい続くことに期待♪さて、あさってからの従姉の滞在に備えて、これから洗濯と家の掃除をしようと思います。
by ny-cafe | 2007-08-18 23:09 | 日々の出来事(in USA)
楽しい夏を♪
束の間のひとり時間も昨日で終了。いつもは夫の出張中=ダラダラ・ウダウダの私ですが、この10日間はクロスステッチやアンティーキングなど色々好きなことに没頭し、その傍らで家の整理&掃除も随分頑張りました!写真の整理とクッションカバー作りができなかったのは残念ですが、なかなか有意義なひとり時間を過ごすことができたので良しとしましょう。

明日はいよいよ夫の両親&叔母夫婦が到着します。今回はお客様の希望で、マンハッタンだけでなくナイアガラまで足を伸ばすつもり。出張帰りの夫には厳しい週末となりますが、なかなかこういう機会もないので、夫ともども目いっぱい親孝行してきます。

ちなみに両親一行が帰国したあとは、入れ替わりで私の従姉が遊びに来る予定。その後8月の最終週からはカレッジがスタートし、レイバーデーを絡めて今度は私たちが旅行に出ます。

というわけで、またまたおさぼりブログ宣言しておきますね(笑)。

PAも毎日暑い日が続いていますが、きっと日本もお盆を前にして暑さが厳しいことでしょうね。夏バテしないようにみなさんご自愛くださいね!そしてどうぞ楽しい夏をお過ごしくださいね☆
by ny-cafe | 2007-08-10 13:01 | 日々の出来事(in USA)